私は田辺のお金が入った茶封筒をリュックに仕舞い直して、しっかりファスナーを閉める。 

田辺は3車両目のドアの前で足を止めて、開閉ボタンに人差し指を向けた。

「はは、やっぱ押せないや」

そう笑う田辺の後ろから私がボタンを押すと、電車の扉は簡単に開く。

田辺は「お〜」と呑気に言いながら車内に入ると中を見渡して、「ガラガラだね」と呟いてボックス席に座ると私に手招きをする。

私はリュックを肩から下ろして、田辺の正面に座った。

「疲れてない?」

「うん、平気。 田辺は?」

「俺は全然平気。 全部、新名にしてもらってるから」

そう言って、田辺は窓の外に視線を向ける。 車内アナウンスが鳴って、ドアが閉まって電車はゆっくりと進みだした。

「あのさ」

田辺がそう話し始めて、私は手元に落としていた視線を上げると、田辺のスッと伸びた睫毛の隙間から視線が揺れているのが見えた。

「なに?」

「なんで新名は、来てくれたの」

改めて聞かれると、どう言ったら良いのか何故か分からず、私は口を結んで考える。

その数秒の沈黙の間、電車が揺れる硬い音が一定のリズムで刻まれていく。 視界の隅では、景色がどんどん後ろ側に流れていく。

なんでと言われても……。

「友達だから」

そう言葉を口にしてから、瞬間、私が田辺を友達だなんて呼んで良かっただろうかと、後悔した。

私は田辺の反応を見るのがなんだか怖くて、視線を田辺と車窓の間の謎空間に泳がす。

「そっか。 それなら、よかった」

そう言った田辺の言い方がどこかホッとしたみたいだったから、私は思わず視線を田辺に向けた。

「そう思ってたの俺だけかもとか、思ったりしてた」

田辺は座席の背もたれに寄り掛かって、肩を撫でおろした。

「俺、新名が俺のことどう思ってるか、ちょっと心配だったんだ」

「え、田辺が?」

「うん」

頷く田辺に、私は思わず「なんか、意外」と言う。 すると、田辺は「え、意外かな」と、小首を傾げて言う。

「だって、田辺友達多いし……そういうの気にするような感じには見えなかった」

田辺の周りに人が集まるのはごく自然なことで、私からはその人たちは皆田辺の友達に見えていた。 だから、わざわざ田辺がこんなことで悩むようなタイプには思えなかった。