「く、くそ……馬鹿な公爵家の子息に取り入って、組織を復活させる作戦が台無しだぁ…………! なんて強い男だ、ディルック・ラベロぉ」
ドルトリンは、こう呻いてそれきり気を失ったらしい。土嚢の下から、声が聞こえなくなる。
組織の復活、とはなにを指すのか。いろいろと気になることはあるが、それを聞き出すのは、今じゃなかろう。
それに、俺の役目でもない。
拘束はしっかりと済ませたのだ。この戦いが終わったら、牢屋でたっぷり拷問されるといい。無視を決めることにして、探知魔法で周囲の状況を確認する。
「……森が、かなり荒れてるな」
大量の気配が、そこかしこで入り乱れていた。
さきほどまで、俺にだけ集中していた攻撃の手が一転していた。広い森の中、敵勢にだけ向けられている。
状況をこの目で確認するため、俺は近場にあった大木の上まで駆け上がった。
そこで見たものは、
「散々ウサたちをこき使ってくれやがって! ウサたちの恨み、思い知れ!! 侵略者ども!!」
「やっと身体が自由になった! 毎日毎日、ろくな睡眠も取れずに労働させられた挙句、今度は兵士扱い! 絶対にゆるさねぇ!! いくぞ、手長族!!」
「そうだそうだ、奴らに続くぞ!!」
亜人たちの反乱、猛反撃だった。
「く、くそ、言うことを聞け!! 亜人ども!!!!」
「もう言いなりにはならないウキ!!」
各所で、アクドー配下の軍勢と交戦を開始している。
「……なんだ、これ」
呟いてから、合点がいった。ドルトリンを締め上げたことにより、服従スキルの効果が解けたのだ。
こうなると分かっていれば、先にあいつを締め上げればよかったと思うが、あの時は奴のハッタリに翻弄されてしまった。
なんにせよ、結果的にはうまくいったなら良しだ。
……それにしても、である。
ドルトリンの能力から解放されて、ばらばらの種族であるはずの亜人たちが、ここまで統率を取って動けるものだろうか。
指揮する者がいるのか、と戦線の前方まで確認しに行って、驚いた。
揺れる旗は、ラベロ家の仲間にのみ振ることを認めている三日月紋。激化する争いの中心にいた大男は、見知った顔のものだったのだ。
「おぉ!! やはり、あなた様でしたか、領主様! ここまで大規模な技を使えるのは、俺たちが知る限り、あなただけだ、大恩人!!」
「…………クマリン?」
「よかった、覚えてくれていましたか!!」
テンマ村にいるクマベア族たちを、もともと率いていた者だ。少し前に、集落へと帰ったはずだが……
「前に言いましたぜ。俺たちは、この『白狼の森』に住む一族! 集落に戻ってからも、領主様の下で勤めた素晴らしい日々を忘れることはなかった」
こういうことだったらしい。
「クマリンがこの大勢の指揮を取っているのか!」
「そうとも! ここは一丸となって抗戦するよう、みなに持ちかけた。俺たちクマベア族。義に応じて、馳せ参じましたぜ!!」
なんて頼もしいのだろう。俺は彼の近くまで降り立って、敵を散らしながら、久しぶりの会話を交わす。
「助かったよ、クマリン。クマベア族たちは、アクドーたちに従わなかったのか?」
「うむ。元より、俺たちの一族は東の森に集落を構えておりました。奴らは一度、うちにも怪しい話を持ちかけてきましたが、断り申しましたぜ。俺たちクマベア族は、大恩あるあなた様の旗以外は掲げたくねぇ! と」
「……それで、よく無事だったな?」
「領主様に戦略も、武も鍛えていただいておりましたから。かっか! もう、そんじゃそこらの回し者には負けませんぜ! さぁ、ここは任せてくだせぇ!」
俺は、こくりと頷く。
もうここは、援護攻撃をするまでもなさそうだ。
「これ、もう少ないけど、アリスの作った兵糧丸だ。窮地に陥ったら、使うといい」
「これは、なんと! かたじけない……!」
懐から、アリス自家製食料を残り全て手渡して、最後に言う。
「全部が終わったら、また村へ来てくれるか? 礼がしたい」
「はっは、領主様は仲間に引き入れたあとでも対応が手厚いなぁ。ありがたい言葉だ。それを思えば、俺たちの士気も上がるってもんよ! いくぜ、クマベアの意地を見せろ! とっとと終わらせるぜ!!」
おぉ、と声が上がる。
同時に戦が激化してきたので、再び一旦木々の上までのぼった。
だんだん高くなってきた朝日に照らされ、見晴らしが良くなっていた。改めて、戦況を確認する。
「互角、いや勢いも数も、もうこちらが優ってる!」
それどころか、だ。
アクドー直下にあるローザスの町でも、暴動が起きているらしい。
違法労働をさせられていた亜人たちだろう。その気配が集結しながら向かうのは、一点の場所だ。
悪の元凶、アクドーのいる屋敷に違いなかった。


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