望んでこそいないが信奉され、救世主として扱われたのなら、彼らの思いを裏切るわけにはいかない。
デミルシアン族からの話をもとに、作戦をしっかりと立てたうえで俺は『白狼の森』へと足を踏み入れる。
たしかに、かなり大きな森だ。
普通に行けば、ローザスまでは半日近くはかかるだろう。
そこを白龍でショートカットして、ものの数分で俺たちが辿り着いたのは、領地の境界線となる小道である。
もう真夜中、月明かりのみがうっすらと地面を照らしていた。
「そう、ここでございます。ローザスの侵略者どもは、今のところ、自分達ではこの境界線を越えておりません」
コロロがくれた情報に、俺は眉をしかめる。
「……こちらから先に侵攻したことになるのは、まずいな」
領地の範囲をわきまえているとは、アクドーらしくない。あいつ一人なら間違いなく、俺の領土など自分のもの同然と考えて進行してくる。
妙な奴らが、彼についていると見て良さそうだ。
「あれ。でも、じゃあどうやって森中の種族に声をかけてるんだ?」
「民族の移動は、彼らの侵入ではありませんから。すでに従えた種族の者たちに、説得させているのです。『いずれ、東の森は全て焼き尽くす!』と」
「なるほど姑息だな。それに、奴なら本当にやりかねないな。山火事に見せかけて、燃やすつもりなんだろう」
「はい…………」
とことん、やることが意地汚い連中である。全てが手中にないと気に食わないらしい。
思い通りにならないものは、全て憎しというところだろう。
ならば、存分に憎んでもらうとしよう。
「罠のことなら、うちに任せてちょうだい。もう何回も、侵入者はこの罠で仕留めてきたわ」
敵が厄介な手を使うなら、こっちにも出方というのがある。こちらには、土木の職人で、罠師でもあるキャロットがいるのだ。
「きゃっ、格好いいですよ、キャロット姉さんー」
「か、か、格好いいって! やめてよシンディーってばぁ、嬉しくないし。と、とりあえず錬金術を駆使して手伝いなさいっ」
「でも、本当に格好いいなキャロット」
「ちょ、ディルック様までぇ! あ、あ、当たり前でしょっ!」
「あんまり大声出すなよー」
それにシンディーもいれば、俺はどちらの能力も使いこなせる。作戦については、二人とも打ち合わせの上、綿密に立ててあった。
夜の影に身を潜めながらも、俺はその予定通りに作業を進めていく。
「さぁ仕上げだけど……。これはディルック様しかできないわ!」
仕込みが終わったのは、もう明け方になる頃だった。
俺は小道に出て、自らの領地、東の森へ向けて剣を抜く。
白龍の力で感知し、この地点から一直線の場所に、人や動物がいないのを改めて確かめてから、剣を顔の近くに寄せた。
魔力を、剣へとじわりじわり伝えていく。そこへバルクから得た剛の気も混ぜることで、さらにエネルギーの質を研ぎ澄ましていった。
「す、すごい、さすがディル様!」
「尋常じゃない力……! さすがね、うちらの主様は。周りの木々が、力を溜めているだけで軋んでる」
風が起き、音が騒ぐ。
それが徐々に鎮まり、魔力が静かなるエネルギーとなったところが、最高到達点だ。
「ラベロ流・半月下弦斬り!!」
振りかぶった剣を地面へ向けて、強く叩きつける。
魔力が巨大な球体のように、地面をものともせず一直線に解き放たれていく。
それは、一歩間違えれば災害クラスの力だった。
事前に安全を確認していなければ、どうなったか。
またたく間に、森の木々がえぐれて、倒れていく。これまで聞いたこともない轟音が耳をつんざいた。
その出力は、普段の二倍である。
いつかドワーフらに作ってもらった輪廻の腕輪に溜めていた魔力も、同時に放出した。
発動者である俺でさえ、それは未体験の力だった。
「な、何者だ!? なにをした!?」
少しして、西の森からアクドーの手下らが駆けつけてくる。
夜警に当たっていたらしい。もちろん、ここまで想定済みで俺たちは罠を仕掛けていたのだ。
場所は、小道のあった地点である。
「う、うわっ!? くそ、なんだ!?」
踏むと足枷が飛び出てくる装置により、彼らは自由を失う。
そうなったら運の尽き。
その装置は、踏めば重みにより、さらに別の罠も発動させるのだ。
「う、うぉっ!?」
捕まった手下らは足を支点にして、宙へと浮き上がる。
枷の先についているのは、魔力を纏った細く透明な糸だ。
それが木の上に吊るしていた滑車を回転させ、糸の先にいた俺たちのそばまで手下らを運んできた。
その時には腕にも枷がついており、もはや抵抗さえできない。
「どう? 伊達じゃないでしょ?」
ポニーテールを結び直しながら、片目だけをつむるキャロット。
「あぁ、全くだ。こりゃあ最高の罠師だ」
「あ、あ、ありがとう……。まぁ当然のことよ」
褒めたら褒めたで、照れるらしい。