「わからねぇ、って顔してるなぁ? いや、実にいい顔だ。お前のような外れスキル持ちに実にふさわしい、情けない顔だぜ。その黒髪、今すぐここで全部剥ぎ取って、より情けなくしてやろうか。ひっひ!」

アクドー・ヒギンス。
ひょろっと背の高い、きのこ頭が特徴的な男だ。公爵家の長男坊である。

俺と同じ25歳と言うこともあって、その顔は貴族学校に通っている時から飽きるほど見てきた。

彼は、宰相補佐を務めるエリートだ。
と言って、「親の七光り」「実力はゼロ、むしろお荷物」などと影口を叩かれているが。

実際、貴族学校にいた頃も、彼の素行や成績はかなり悪かった。

それだというのに、学校を出るやすぐに官位持ちになったのだから、ヒギンス家は格が違う。

「せいせいするぜ、金輪際お前のアホ面見なくて済むと思えばよぉ。学生の時から目障りだったんだ、いつも成績一位ばかり取りやがって」
「今さら何の話をしているんだ、アクド―……」

「あぁん? 「様」はどうした? お前は、もう側近様じゃないんだぜ。へっへっ。
 しかし、気分がいい。まさかゲーテ王、こんなに早く追放してくれるとは」

アクド―が、声をひそめて漏らす。
その言い草に、点と点が繋がった。

「お前、まさか……謀ったのか? 俺を追放するよう仕向けたのか!」

俺はつい、彼に掴みかかりそうになる。が、自分の立場を考えて、どうにか手を下ろした。こういう時こそ冷静にならなければいけない。

「へっへ、さぁなぁ。教えるかよ、辺境田舎貴族なんざに国の情報を漏らすと怒られちまうぜ。まさか、『側近の文官が国を乗っ取ろうとしている』なんて情報が漏れたら大変だ。ひっひ、おもしれぇ」

……間違いなさそうだった。

親のヒギンス公爵を使って、ありもしない謀反の話を吹き込まれたのだ。

「どーせ、もうお前が何を知ったって無意味さ。お前は金輪際、城の中に入ることもできないのだからなぁ。お前と、僕の親父の格の差を考えれば、どっちを信用するかなんてすぐ分かるだろ?」
「……くっ」
「むしろ、処分が甘いくらいだ。王も、元側近のお前に、死刑まではくだせなかったんだろう」

……ゲーテ王。

今回の俺の追放処分は、心を痛めたうえでの決断だったのだろうか、それとも……。

主の心に思いをやるが、もう後の祭りだ。彼の本音を聞く機会はどうしたって俺には与えられないのだ。

俺は、ぎりっと歯噛みをする。
今に殴りかかりたくもなるが、拳を強く握り、それを押し込めた。

「お前は追放されたんだよ! へんっ、しょうもない雑魚貴族出身のくせに、王に取り入ろうなんて真似するからだ」

アクドーは俺の耳元で、耳を刺すような声で笑う。

事実無根も甚だしい。

俺はただ、ただ、国のためにとこの身を捧げてきただけ。それをゲーテ王が拾い上げてくれたというだけ。

……だが、もう弁明の機会も俺には与えられていない。

「とっとと失せろよ、貧乏カスの裏切り者さんよォ。辺鄙そのものな、ド田舎でせいぜい反省してな。まぁ、テンマは魔窟のような未開拓地と聞く。外れスキル持ちのカスが生き残れるかどうかも分からねぇがな」

まだ仕掛かり中のさまざまな政策のことが俺の頭をよぎる。

王都の魔物からの防衛に、経済動向、諸外国との貿易など。

挙げていけばキリがない。

だから毎日のように、王や官吏たちと議論を交わし、よりよい策を練ってきた。
時間を決して惜しまず、毎日のごとく資料や過去の文献などに追われた。

だが、それらはもう俺の管轄から離れてしまった。
今度ばかりは、諦めない、という権利すら俺にはないのだ。

俺にできるのは、

「……アクドー、お前のような者に頼むのは癪だが……国を頼んだぞ。この国はお前の私利私欲のために回ってるんじゃないからな」

せいぜいこう言い残すことだけだった。

最後の、反撃というべきか。それを受けて、はんっと息を吐いたアクド―は俺の頬をはたく。
癪に触ったらしく、

「てめぇみたいな、落ちぶれ田舎貴族に忠告されるいわれはねぇよ、雑魚が!! 
王の側近になったくらいで調子に乗るんじゃねぇよ。お前みたいな外れスキル持ちのカスに、務まる仕事じゃなかったのさ。諦めて今すぐ消えるんだな!!」

こんなふうに叫び上げた。場がしんと静まり返る。

先の門番はそれに一切の反応を見せず、さも当たり前かの如く、アクド―だけを王国城内へと通した。

彼との距離が、どんどんと開いていく。

それはまるで、俺と彼の決定的な差を示しているかのようだった。

俺が二度と踏み入れられない場所に、彼は消えていった。
こうして、俺は王国城を追放となったのだ。