サラッと吹いた朝の風が、彼の髪をなびかせる。それはわたしの髪も同じで、せっかくセットしたヘアアレンジが崩れるのを懸念し、頭に手を運んだ。

「こ、今回も……?」

 サッカーの部活帰り、木村くんの家へ誘われて断ったわたしが彼の家へ行くのは初めてのことで。前回がないのにもかかわらず、「今回も」の「も」の字に引っかかっていれば。

「行かないで」

 と、広瀬くんがいきなり頭を下げてきたから、困惑した。

「お願いです。行かないでください」

 まるで神様を前にしたかのように。命乞いをするように。

「美羽、行かないで……」

 土下座をしてまでわたしに頼みこむ広瀬くん。

「ちょ、ちょっとやめてよ広瀬くん……」

 悪いことをしていない人が頭を下げるのは、すごく心が締め付けられて、まるで、こっちの方が悪者みたいだった。

「広瀬く──」
「行かないで!」

 まだ朝は寒い三月なのに、体温よりもっと冷たい地面に額をつけるなんて、「ごめんねもうやめて」と、言ってしまいたくなるよ。

「広瀬くんお願い、頭をあげて」

 ひざを曲げたわたしは、彼に目線を近付ける。

「土下座なんて、しないでよっ」

 すると彼は、ゆっくりと顔をあげた。

「じゃあ木村のとこ、行かないでくれる?」

 でもそれはごめん、ごめん広瀬くん。

「行く」

 それはもう、ずっと前から決めていたことなんだ。卒業までにはこの想いを伝えるって、心に決めた。

「わたしは行くよ、木村くんの家に」

 そう言うと、広瀬くんの顔が青ざめて、大粒の涙が溢れ落ちた。

「くっそ……!」

 悔しそうに、残念そうに泣く彼の前、どうしたらいいのかわからずに戸惑っていると、振り絞ったような頼りない声が、風に乗る。

「俺、美羽に死んで欲しくないっ……」