「そんなとこで見てないで、もっとこっち来なよ」

 三年生の夏。校庭の木の陰から、サッカー部の練習をこそこそと見学していると、そんなわたしに気付いた広瀬くんが休憩中に駆けて来た。

「どうせ木村のこと見に来たんでしょ?そんな端っこじゃ、見られるものも見られないじゃんっ」

 ぐいっと腕を掴まれて、幹の後ろから引っ張り出される。サッカーボールを小脇に抱えた広瀬くんは、正しくサッカー青年、という感じで、普段より格好良く見えた。

「い、いいっ。そんな堂々と見てたら、好きって思われちゃうもんっ」

 高校卒業までにはこの気持ちを告げたいとチャンスをうかがっているくせして、その機会までは絶対に秘めておきたい恋心。広瀬くんはわたしの腕からそっと手を離す。

「俺は好きな相手には自分の気持ち、勘付いて欲しいけどな」
「へ?」
「だってそしたら相手だって、俺のこと意識してくれるでしょ」

 その時にかっと見せた白い歯が、きらんと光ったような気がして、彼の笑顔を一層眩しく際立たせた。
 校庭の中央に戻る時、一度振り向き彼は言う。

「ちなみに俺が今美羽に気付いたのは、『俺が美羽を見てたから』だからっ」


 練習後、一目散に帰宅しようとしたわたしの元へ、広瀬くんは再び駆けて来た。

「今から木村んち寄ってくけど、美羽も来る?」

 とんでもないお誘いに、わたしはぶんぶんと横に首を振る。

「い、行かないよっ!わたしが行ったら変じゃんっ!」
「そうかあ?だって木村んちすぐそこだぜ?校門出て真っ直ぐ進んだとこの、赤い屋根」
「距離の問題じゃなくてっ、わたし、マネージャーでもなんでもないしっ!」

 木村くんとの仲を取り持ってくれようとしているのだろうけれど、その好意は受け取れなかった。

「そっか、じゃあまた」

 くるんと身を(ひるがえ)し、部員の輪に混ざる広瀬くん。「ばいばい」と手を振ってくれたから、わたしも手を振った。