その日から、わたしは広瀬くんのしつこい勧誘から解放された。彼は三月二十日の話を口にしなくなったどころか、わたしへ喋りかけること自体をやめたらしく、わたしの側に寄っても来なくなった。

「べつに、いいもん」

 前々から仲が良かった友だちで、近頃は余計に絡んでいたせいか、平穏に戻った日常は、少し寂しく感じられた。
 教室の隅の席。そこをじっと見て、広瀬くんと目が合ってもすぐに逸らされる。嫌われてしまったのだろうか、と切なくなる自分に嫌気がさす。

「木村くん、二十日の午前は家にいるよね?」

 でもだからこそ、恋路は邪魔されない。音楽室へと向かっていた木村くんに、廊下でそう聞くと、彼は「いるよ」と頷いた。

「いるけど、なんで?」
「あ、いや、ちょっと渡したいものがあるから、用事のついでに寄ろうかなって」
「え、美羽って俺の家知ってたっけ?」
「うん、前に広瀬くんから教えてもらったことがあって」
「そうなんだ」

 そういえばそうだ。と、矢庭に思い出されたその記憶。「じゃあまたね」と木村くんに手を振れば、頭ではその日のことが再生された。