「美羽」

 面前で名を呼ばれ、息を吸う。

「俺は美羽を、諦めたくない」

 愛の告白でしかない、その言葉。わたしの胸が、広瀬くんで埋まっていく。

「わ、わたしが好きなのは木村くんだから……」

 木村くんのどこが好きなのかも答えられないくせに、お土産のクッキーの一件から、わたしはずっと彼に憧れ、恋をしている。
 
 はずなのに。

 広瀬くんがわたしのことを好きなのかもしれない、と思えば加速する鼓動。
 わたしは一体、どうしてしまったのだろう。

「だから、広瀬くんとはっ」

 付き合えない。そう伝えようとすれば。

「だから俺、べつに美羽のこと好きってわけじゃないから」

 と否定され、一気に鼓動が鎮まった。ふつふつと、小さな憤りが沸いてくる。

「じゃあほっといてよ……」

 お願い、美羽。三月二十日はどうしても予定を空けて欲しいんだ。
 美羽の家、どこ?三月二十日に迎え行く。
 美羽、お願いだから、俺のこと好きになってよ……

 思わせぶりなことばかり言ってきて、わたしの予定の邪魔をして、その目的は教えてくれなくて。

「年が明けてからの広瀬くん、ほっんと変っ」

 以前の広瀬くんは、こんな人ではなかった。もっと喋りやすくて、もっと普通の人だった。
 雪が舞っていた一月の日。わたしに不可解な「ごめん」を告げてきた辺りから、彼は変になった。前は人前で涙を流すことだって、あり得なかった彼なのに。

「もうわたしに構わないで、ほっといて!」

 生まれて初めて、人を思いきり拒絶した。仲良しな友だちに、こんな態度をとるなんて思ってもみなかった。
 ガンガンと音を立て、下がる階段。広瀬くんはそんなわたしを呼び止めることもせず、追ってもこなかった。