嬉しそう、には見えなかった。そもそも美月は、受賞を告げたときでさえ、驚いていただけで、喜んでいたわけではなかったのかもしれない。
「どうしたら、いい?」
「私に聞くようなことじゃない」
「でも」
「使い道は、護が考えてくれ」
 美月ならそう言うだろう。気軽にショッピングを楽しめるような状況にはないのだから。わかっていたのに、聞いてしまった。
「ごめん」
「どうして謝る?」
「余計なことをしたかもって、最近思うんだ。美月の小説を僕がいじってしまったわけだし」
 引き返すには、あまりに多くの人が関わりすぎてしまった。相良美月という名前がひとり歩きして、僕の手に負えなくなってきている。
 美月はそんな僕の気持ちを見透かすように、「護は覚えてないみたいだけど」と前置きして続けた。
「小説を最初に書いたのは、護なんだよ」
「そう、だったけ?」
「あぁ。あのお祭りの日だよ。私が大泣きして、護が短い物語を書いてくれた」
 立ち上がった美月が、机の引き出しから古い学習帳を取り出した。小学生が使うような自由帳に、僕の名前がひらがなで書いてある。
「全然記憶にないよ。よく置いてたね」
「私の宝物だから」
 数ページほどのお話は、本当に他愛もないものだった。美月と僕らしき少年少女が、世界中の本が集まる不思議な洋館に迷い込むストーリー。
「相良美月は、護だよ。自信を持っていい」
 美月はノートを大切そうに仕舞い、力強く言った。
 それが世界の真理であるかのように。
 僕はもう迷ってはいけないのだ。振り返ることもなく、立ち止まることもなく、前に進むしかない。
「わかった」
「護に預けた小説は、もう護の物だ。私にお伺いを立てる必要はない。護が判断してくれればいい」
 覚悟を持てと言われているようだった。
 次回作も、今後の展開も、今すべてが僕に一任されたのだ。
 小説家『相良美月』は、ただ小説を書くだけではいられない。美月はそれがわかっていたのだろう。
 
 ――僕は美月の唯一の娯楽を、奪ってしまったのかも知れない。
 そう思えて、あれ以来僕は美月の部屋に行けなくなった。
 学校の授業や、新作の改稿作業で忙しいのも事実だったが、結局気まずかったのが一番の理由だ。毎日学校帰りに顔を見に行っていたのに、三日経ち、一週間経ち、ますます足が遠のいてしまう。
「美月お嬢様から、護にって」