翌日も結局いつもの通りに登校した。
 東堂は、さらに図々しさが増している。
 朝食を遠慮なく平らげた後、引きずるように一季を学校へ連れてきた。首根っこを掴まれた猫の気分だ。
 運よく母親には見られずにすんだが、他のことが心配でメンタルは下降気味。
 いつ受けるかわからない襲撃にびくびくしていても東堂はそっけなく告げてくる。
「あいつらだって無用な騒ぎは起こしたくないはずさ。目的は不明だが自分たちが少数派なのは身に染みてわかってる」
 放課後まで、その言葉の意味を考えてしまう。
 危険を犯してまで他者の魔力を狙ったり、自ら召喚した眷属(サーヴァント)まで手にかけてえたいもの。
 一季には想像がつかなかった。
「生徒会長は何をしたいんだ?」
 ぽろりとこぼれた発言に、東堂が横目で見つめてくる。
 前回と同じく教室で時間を潰す。不用心もいいところだ。これでは襲ってくださいと言っていることと同じではないか。
 そう思いながらも一季は東堂との会話を優先する。他にするべきこともなかったからだ。
 世間で騒ぎになるほどのことを起す目的が気になった。
 完全に東堂の言葉を信じたわけではないが、もし本当のことなら行動を起こすだけの理由があるはず。単純な疑問が、手持ち無沙汰な時間潰しになってくれることを期待する。
 対する東堂はまたもやスマートフォンを操作しながら口を開いた。
「【賢者(けんじゃ)(いし)】」
「え」
「それを量産したいんじゃないか?」
 端的な返答に戸惑う。内容を軽く考えてしまう。もしくは聞き間違いを疑う。
「【賢者(けんじゃ)(いし)】って……映画や漫画の話じゃあるまいし」
 一季は呆れながらも呟く。
 聞き覚えはあるものの、現実には存在しないものだ。
 ファンタジーの物語では度々、耳にしたことのあるアイテムだったと思う。特徴としては能力の底上げをする増幅器といった類ではなかったか。
 あからさまに怪しげな方向性になっていく気がして、一季は警戒を強める。
 ただし、東堂本人にそんな反応は無意味だった。
 ちなみにスマートフォンで何をしているか身を乗り出して見てみたら、ただのアプリゲームだったりする。
「別名【永久(えいきゅう)機関(きかん)】ともいわれる。それがあれば、どんな魔術も代償なしに行えるという」
永久(えいきゅう)機関(きかん)】?」
 オウム返しに訊ねる。
 飄々とした態度を咎めるように睨んでも気付いていない。
「【プロメテウスの火】。【増幅器(タリズマン)】。【ソロモンの小さな鍵(レメゲドン)】。【セントエルモの火】。果ては【ファティマ第三の予言】まで……他にも、いろいろ呼び名はあるが実際にどんな形なのか、どんな作り方なのか、詳しいことは不明だ」
「それ、何か矛盾してないか?」
 いろいろな名前が出てきて頭が混乱しそうだ。
 かろうじて理解できた点について疑問を投げかける。
 どんな魔術も成功させるアイテム。
 けれども形状や製造過程が謎。
 存在そのものを疑うべきなのでは?
 視線にそう意味を込めれば、ようやく東堂が顔をあげる。
「それにまつわる逸話があるんだよ」
 わずかに首を傾げて笑う。
 眉根を寄せたその表情はかすかな違和感を覚えた。
 困ったような、迷ったような。
 ほんの少しの拒絶。
 一季が明確に感じる前に、東堂は説明を続ける。
 十七年前、不可能といわれる【永久機関(賢者の石)】を作り出した魔術師がいた。
 長い年月をかけて作りあげられたそれは、完成直後ある教会によって奪われてしまう。
「教会?」
「派閥みたいなもんだ。本来は協会なんだろうが。自分たちの活動理念を信仰と言えなくもないから、こっちの表現を好んで使うようだ」
 東堂はのんきに机に指で文字を書く。
黄道十二宮(ゾディアック)】の天使。それらが彼らが属する教会の名前だ。
 教会の中で優れた十二人の魔術師は、天使の名前を名乗るのだという。
 一季は驚いた。
 教会と聞くと想像以上に魔術師が存在していて、コミュニティを作っているようだ。
 この現代に人知れず息をひそめていた組織があるとは。
 反面まだからかわれているような気もする。
 頭の中の理性が東堂の言葉を疑っていた。怪しい心霊オカルト特番のような、考えることを放棄したくなる。
 もちろん、それでいつもの日常に戻れるわけではないので必死で頭を働かせた。
「それで……その魔術師は?」
「殺されたよ」
 あっさりと返ってきた答え。
 夢のような万能の奇跡を叶える道具を生み出した結果。
 作り出した本人は自身の望みを叶えることもなく、歪んだ欲望を持つ魔術師たちによって奪われてしまう。
 膨大な研究資料も奪われ、実験施設も焼かれた。
「そんで世界中の魔術師教会に対して宣戦布告。この十七年、どこも緊張状態にあるな」
「大事件じゃないか……」
 一季は言葉をなくす。
 想像以上に大事(おおごと)だ。人ひとりの生命が奪われ、生活の拠点を破壊された。
 さらには【永久機関(賢者の石)】を奪った魔術師たちは、世界中の魔術師に対して宣言する。
『我々は神の御業を手に入れた。この力で世界の存在を書き換えよう』
「な、なななな……一体、何を」
「安心しろ。実際は各地で小競り合いしてる程度だ。魔術師同士の戦いなんざ、本当なら不毛なんだ。魔力を使い果たしてどっちかが痛い目を見たら終わる」
 世界の脅威ともいえるテロリストを想像して青ざめる一季に対し、東堂の反応は薄い。
 規模が子ども同士のケンカレベルとでも言いたげだ。笑えない冗談にしてはタチが悪い。
 改めて怪しい話だと警戒心を強めれば、東堂が補足説明をはじめる。
「魔術師ってのは正体が露見することをなにより嫌う。極力、周りに溶け込んで生活してる。自前の研究室や実験施設を持ってるからおいそれと簡単には移動できない」
「はぁ……」
 内容の意図がわからず、生返事になってしまう。
 隠れて生活する魔術師の特性が、どうして大きな事件に発展しない保証となるのだろう。
 一季は単純に首を傾げる。
「騒ぎを起こすと周囲の人間に怪しまれるし、混乱が起きれば真っ先に袋叩きにされる。だから証拠を残すヘマしないし、殺されても自業自得って考える連中なんだよ。自分の研究内容を外部にもらしたマヌケって笑われるんだ」
「そんな……」
 再び言葉を失いかける。
 人とは違う能力を持つ意味。
 人々は不安に陥ると、自分とは違う異質なもの、少数派の人間を排斥してしまう。
 魔術師として生きると決めたなら、その能力は家族にも秘密にする。
 秘密をもらしたりもれた場合、何があっても自分の落ち度。
 一季は複雑な気持ちになった。
 そんな考え方は、どんな事情であっても悲しい気がする。
 複雑な感情の処理に追いつけない一季が今度こそ言葉をなくした時だった。
 東堂が「ただし」と告げて天井を見上げる。
「どんな理由であれ、殺人は大罪だ」
 いつものようにこともなげに吐かれたセリフなのに、やけに耳に残った。
 何も知らない日常にいたままなら、間違いなく当たり前だと思っていたこと。
 それが違った重みを感じた気がした。

 急に視界が点滅する。
 蛍光灯の明かりが消えて、周囲が薄い闇に包まれる。
 前にも似た状況があった。
 一季は不安を感じて席を立つ。
「東堂」
「動くな」
 同じく椅子から立ちあがった東堂は周囲に周囲を窺う。気配を探るように。
「!」
 突然、強く突き飛ばされる。
 一季が壁に背中を打った瞬間、天井が崩れ落ちた。
「東堂!」
 風に舞う粉塵に視界が覆われた。