「うん。あのね。小・中・高みたいに、教室で受ける授業とはまた違うものだって事は、理解していたんだよ」

ざわつく講堂の中。『アイギス・シリーズ』説明会の準備をする彼女は、しかつめらしく頷いた。

「授業とは別に、『この研究するよー』って先生の所に集まって指導を受けたり、皆で一緒に研究したりするのが『ゼミ』なんだね」

母と弟から聞いた事を復唱する口調で、彼女は言った。姉に瑤太は「そうだよ」と返す。

「で、霊術士の卵達が霊術士として在る為の特別授業みたいな指導を受けたり研究したりするのが、件の『ナギゼミ』と」
「霊術士専門の塾って言う方が近いな」
「そっかあ。塾かあ。何だか懐かしい響きだなー」

彼女は遠い目をした。姉弟のやり取りを聞いていた孫江社長は、「ふふっ」と笑う。

「仲がいいんだね。司さんと瑤太君。司さんのそういう所も初めて見るな。オフィスでも、今みたいにもっとカジュアルな感じでいいのに」
「いえ。仕事は仕事ですから。何より私は、社員としては1年も経っていない新人ですので」

一転して真顔で――瑤太曰く「社会人モードスイッチオン」の表情で、彼女は上司に言い切った。席の様子を横目で見ながら、小声で語りかける。

「参加者も集まり始めています。社長もどうぞお席におつき下さい。ゼミの先生達もそろそろ…。ああ、噂をすればですね」

彼女の霊術士としての感覚は、同じ霊術士達の気配を捉えていた。講堂のドアが開き、壮年の女性に続いて生徒達が入ってくる。瑤太は小声で「あの人が菅凪教授だよ」と壮年の女性に視線をやりつつ姉に囁いた。彼女は同じく小声で瑤太に礼を言い、とりあえず生徒全員が入室するまで待つ事にした。
今回、いち企業の代表者も顔を出す説明会なので、社長に続く形で教授への挨拶が必要だからだ。そのタイミングを見計らっていたのだが、どうも様子がおかしい。

1人の男子生徒が、教室の入り口で動きを止めていた。先に集まっていた女子生徒達は「刀隠(とがくし)先輩」「刀隠先輩よ」と非常に好意的な、熱い眼差しと共に囁き合っている。どうやら刀隠というらしいその男子生徒は、ただ呆然とした様子で彼女を見つめていた。

「おい。美斗(はると)
「――見付けた」

先に入室していた男子生徒の1人が呼びかけるが、どうやら耳に入っていないらしい。美斗と呼びかけられた男子生徒は、無上の僥倖に巡り会えたような、それでいて泣き出しそうな顔を見せた。しかしそれも束の間、何かを堪えるように表情を引き締めると、彼女に真っ直ぐに歩み寄ってきた。瑤太が反射的に姉の前に出ようとするが、彼女は軽く腕を上げて首を横に振る。上げていない方の彼女の手を、男子生徒はがっちりと握り締めた。心なしか潤んだ目で、男子生徒は彼女を見据える。

「――君、俺の『鞘』だ」
「はい?」

途端にざわつき始める菅凪教授とゼミ生達をよそに、男子生徒は言い募る。

「君が作った霊具を見てから、もしかしたらと思っていた。でも作った君の身元がわからなくて…わかっても、まずは説明会を待つように言われてもどかしかった。今日、やっと君に会えるのが楽しみ過ぎて、一睡もできなかった!」
「いやきちんと寝て下さいよ。遠足前の小学生ですか」

いつものペースでツッコミを入れつつも、彼女は空いている片手で「とりあえずこれ使って下さい。はい」とひとまずポケットティッシュを差し出す。男子生徒はやっと手を離し、「ありがとう」と言いつつ、受け取ったポケットティッシュで滲んだ涙を拭った。そっと近寄ってきた菅凪教授が、遠慮がちに問いかける。

「…あの。刀隠君。前から言っていましたが、やはりこの子が…」
「俺の『鞘』です。教授」

するとゼミ生達から「えええええ!!?」と驚きの声が上がった。対して、先に集まった女子生徒達もだが、後ろの瑤太もぽかんとしている。同じく近寄ってきた社長に「司さん」と呼びかけられた彼女は、「大丈夫です」と頷いた。視線を男子生徒と菅凪教授達に戻して呼びかける。

「私も霊術を扱える者です。お話は大体わかりました。詳細は後できちんと伺います。まずは説明会を始めようと思います」
「あ、ああ!そうだった!出鼻を挫いてしまってすまなかった!」

我に返ったように素直に謝罪する男子生徒に、彼女は「気にしなくていい」の意味を込めて首を横に振った。
件の男子生徒を始め、菅凪教授とゼミ生達の着席を確認し、彼女は全員に向き直った。