「ああ。とうとう今日だ」
「落ち着きなよ。美斗」

大学に向かうリムジンの中。目に見えてそわそわとする幼馴染を、桃李は宥めた。もしもここが室内だったら、落ち着きなく歩き回っている所だろう。
苦笑する桃李に美斗は、きっと鋭い眼差しを向ける。

「もしかしたら今日こそ、とうとう『鞘』に会えるかもしれないんだぞ!これが落ち着いていられるか!」

姉がいる弟を探しているという女子生徒がゼミを訪ねてきた。件の女性が渡してくれたというストラップを見た途端、美斗はかつてない衝撃に見舞われた。たった一つ思ったのは「いる」だった。

「こ、このストラップを作ったのは、一体何処の誰だ!?」

桃李が慌てて止める程の勢いで、美斗は女子生徒に詰め寄っていた。
作者は、通学の時にトラブルに見舞われた女子生徒を助けた女性らしいが、件の女性は名乗りもしないで去ってしまったという。ただ一言「『ナギゼミ』で弟を探して下さい」となぞなぞのような事を言って。
身元さえわかればと口惜しく思ったが、名乗らず立ち去るとは立派な女性だと美斗は感心した。
件の女性は、一般人でありながらゼミに入った司瑤太の双子の姉だとわかったのは、刀隠のネットワークによるものである。それが判明したのは、肝心の司瑤太がゼミを抜けた後だったが。

「司家と言えば、霊術士の一族の一つだね。尤も、二代続けて一般人が生まれた上に、霊術士である上の娘…司君にとっての伯母さんも力を失っているから、言ったら悪いけど、霊術士の一族としては落ち目かな」

なお司家では今や唯一の霊術士である司瑤太の姉だが、高校を出てすぐに一般企業に就職したらしい。
霊術士の家としては落ち目。『鞘』かもしれない本人は一般企業のいち社員。今まで花嫁探しの対象として目に留まらず候補としても上がらなかった訳である。

瑤太からより詳しく話を聞きたいと思ったが、いかんせん片や1年生で美斗達は3年生。タイミングが絶望的に合わなかった。こうなったら司家に訪問して本人と直に顔合わせをと思ったが、それを止めたのが菅凪教授だった。
何でも、霊術を仕込んだアイテムを希望する女子生徒に配る為、彼女は大学に来るらしい。その霊具の詳細をゼミぐるみで聞く打診をしたので、その日まで待って欲しいとの事だった。

美斗は言う通りにする事にした。そしてとうとう今日を迎える。

「ああ全く!早く時間にならないか!講義の時間すら拷問に等しい!」
「こんな美斗、初めて見るな」

桃李も心なしか、うきうきとしているようだった。

「霊具だけで美斗がああなるんだ。もしかしたら、もしかするかもしれないね」