「まことに申し訳なかった」
 あの藤次郎様の第一声が謝罪、それも敬語をお使いになった謝罪だなんて。敬語を使われる立場であるのに、敬語をお使いになるなんて。
 私は藤次郎様の視線が向いている雷華様に愕然とし、混乱しながら、藤次郎様と雷華様を交互に見つめる。
 けれど私の理解が追いつかずとも、物事はとんとんと進んで行くものだ。小十郎様を一瞥もせずに、雷華様の前に進み出てくると、藤次郎様は馬からストンと降り立った。
「愚かな事をと思うだろうが、やはり拙者はこう言わずにはいられぬ。ここは拙者に免じて、愚弟を許してはもらえないだろうか。こうなってしまったのも、この藤次郎の責なのだ。弟の心ときちんと向き合えていなかったせいなのだ、頼む。雷華よ、此度だけで良い。もう一度弟と向き合える時を与えてもらえまいか」
 悲痛に訴えると、藤次郎様が引き連れていた武士達が次々と土下座をし始め「お頼み申しまする!どうか、どうか若様をお許し下さい!」と訴えだした。
 許してくれの大合唱が起きると、雷華様ははぁと嘆息する。
「此度だけぞ、三度目は我も我慢ならんからな」
「あぁ、かたじけない」
 藤次郎様はバッと膝をつき、雷華様の前で深々と叩頭した。
 あの伊達家の嫡男、藤次郎様がこうも易々と叩頭なさるなんて。
 私は目の前で叩頭なさっている藤次郎様に軽く目を見開くと、「雷華の嫁御殿も、愚弟の数々の無礼を許してくれ」と言葉をかけられ、私にも深々と頭を下げた。私はその動作に戦いてしまい、慌てて「お止め下さい!」と声をかける。
「伊達家のご嫡男様が、私なんぞに頭を下げる必要はありませぬ!貴方様は伊達家のご嫡男様にございますよ、その様な方がこんな卑しい身分の女に易々と頭を下げるなぞあってはなりませぬ!」
 口早に必死で告げると、後ろから「兄者!そんな物に頭を下げるなぞ!」と小十郎様が嘴を容れた。
 だが「黙らんか、小十郎!」と、頭を下げている藤次郎様が一喝する。その声には、凄まじい怒りが孕んでいて、有無を言わさずに小十郎様の口を堅く閉ざした。
 そして藤次郎様は「雷華の嫁御殿」と、私に再び向き直る。