そして鋭く曲がった爪先を伸ばし、私の手首を縛っている縄を斬り裂く。私の肌を傷つけない様に、細心の注意を払いながら切ってくれたおかげで、私の手には切り傷の一つも付かなかった。けれど、縄目だけは手首に赤々と刻まれてしまっていた。
 それを見ると、雷華様は眉根を寄せ「痛むか?」と慮ってくれる。私は自由になった手で笛を拾い上げてから「いいえ、痛みなんか微塵も感じませぬ」と破顔して答えた。
「あの、雷華様」
 私は雷華様の名を呼び、目の前の美しき彼をしかと見据える。見えなくなったはずの左目にも、そのお姿を映して。
「何だ」
「私を、ここから連れ出していただけませぬか。私は貴方様の元に参りとうございます、どうか私を攫って下さい」
 力強く告げると、雷華様は驚きや喜びに滲ませた声で「りん」と呟いた。そして何かを言おうとするけれど、私がその前に言葉を紡ぐ。
「雷華様、私は貴方様の事をお慕い申しております。こんな醜い容姿で、長所の一つも無い私が貴方様に懸想なぞ、分不相応だと存じておりますが。私は貴方様に恋情を抱いてしまいました。貴方様のお側に居続けたい。叶うのならば、夜という短い時間だけではなく、貴方様と時を刻んでいきとうございます」
 涙で震える声を律し、凜として、そして自分の心の全てを明かす様に力強く告げ、バッと両手を前に出した。
 初めて自分から、心からの想いを明かした。初めて笛の音と言う言葉に頼らず、自分の言葉で相手に伝えた。
 そして初めて、彼の手が差し伸べられる前に、自分から手を前に出した。
 すると手を出していた私の両手の隙間に入れ込む様に、雷華様のお顔が私の手に触れた。スリリと堅い漆黒の鱗で覆われた顔を、私の小さな手の平に寄せる。
「ようやく自ら前に手を伸べてくれたな。よう我の元に来たいと自ら申してくれた。想いが届いたと言う事だけでも、喜ばしい事なのに。これほどの事が一気に起きるとは思わなんだ。これほどの喜びを覚えた事はないぞ。長い時を生きてきたが、これほどまでに舞い上がりそうになった事はない。りんよ、我は今喜びの渦中におるぞ」
 喜びが溢れた優しい声音で告げられると、胸に色々な思いがこみ上げて来た。
 そして手をそのままに雷華様の顔に一歩踏み出し、雷華様の鼻先に自分の顔を寄せる。
「私も嬉しゅうございます、雷華様」