「私が嫁げば、父様の名誉となりまするか?」
「勿論だ、勿論だとも。りんよ、そう言うと言う事は嫁いでくれるのだな?そうだな?」
「はい」
 淑やかに告げてから、私は深々と叩首した。
「父様、私は伊達小十郎政道様の元に嫁ぎます」
 きっぱりと告げると、頭の上から「そうか!よう言うてくれた!」と嬉々とした声が降ってきた。私はそのまま顔を上げずに、言葉を続ける。
「母様が亡くなってからも、私を育てあげてくださり、深く感謝しておりまする。今までかたじけのうございました、父様」
 じわりと歪んだ視界を堅く閉じると、睫が雫の重さに耐えきれず、ポロリと零れた。少し目を開けて、目の前を見つめると。零れた先の木板には雨漏りした時の様に黒点が滲んでいた。
 私はグッと奥歯を噛みしめて、もう一度目を瞑り、震える声で「かたじけのうございました」と告げる。その刹那、にかっと白い歯を見せて嬉しそうに笑う善次郎の顔が、脳裏に浮かんできた。
 その顔を悲しみで歪ませてしまう。そう思うと心が沈み、胸が張り裂けそうになる。けれど、もはやどうする事も出来ぬ痛みに、私はひたすら耐えるしかなかった。
・・・
「ごめんなさい」
 憚りながら告げた答えに、目の前の善次郎は予想通りの顔をした。絶望に突き落とされた様な顔で「そうか」と苦しげに呟く、これも予想通りの反応だった。
 私はその答えに顔を俯かせながら、もう一度「ごめんなさい」と伝える。
「分かってる。分かってるよ、伊達家の次男に見初められたのだろう?」
 苦しげに言われた言葉に私の顔は上がり、「なんでそれを?」と尋ねてしまった。
「昨日の夜、お前の父親が家にやってきて聞いた。喜ばしい事じゃないか、あの伊達家に見初められたのだから、相当だぞ。一介の村娘が召し上げられるなんて、あり得ない事だぞ。りんは、村の誉れだな」
 にかっと笑う善次郎だが。その口元はピキッと引きつり、目からもじわじわと涙が滲んでいた。
 そんな事に気がつかない私ではない。隠そうとしても、隠しきれないと言うのが、幼馴染みと言うものだから。
 私が「善次郎」と呟くと、「何も言うな」とぶっきらぼうに言葉を吐き出される。
「大切な幼馴染みが、名誉ある伊達家に嫁ぎ、幸せな道を進もうとしている。かける言葉は幸せに、それだけだ。他は全て、不要な言葉だ」
「で、でも。私、本当はね」