そして私が重治様に連れられた所は、地下牢だった。私が牢屋の前で唖然としていると、ドンと背中を押され、呆気なく牢屋の中に倒れ込んでしまう。
 窓も何もない。壁際にある燭台一つの炎が、仄かな光として与えられているだけの寂しい空間に、私は入れられた。
「ど、どういう事にございますか」
「若様のご命令だ」
 口答えするなと言わんばかりに睥睨され、私は口を閉ざしてしまう。
 そしてしばらくそこに居ると、悠々とした足音が聞こえ、私の牢の前に小十郎様が現れた。その顔は初めて見る程の上機嫌だったが、私を射抜く目だけは冷淡なものだ。
「どういう事にございますか。何故、私はこの様な所に入れられるのでしょうか」
 精一杯の勇気を振り絞り、睨めつけながら尋ねると。小十郎様は「当然だ」とせせら笑った。
「様々な命に背いたのだ、これしきの事、当然だ」
「私の事を見向きもされなかったのに、今更ですか」
 毅然とした態度で、言葉をぶつける。
 初めてだった。こんなに毅然とした態度を貫き、口答えをしたのは。小十郎様もそれを感じ取ったのか、ピクリと眉を少し吊り上げた。
 だが、それは一瞬の事。私が瞬きをした瞬間に、その怒りは消えていた。それどころか、ゾクリと全身が総毛立つ程の笑みを浮かべていた。
「昔から、自分の物を盗られる事が癪でのぅ」
 薄ら笑みを貼り付けながら語り出す小十郎様に、喉を絞められた様に急に呼吸がヒュッと苦しくなる。
「兄者が学も、武も、人も、何でもかんでも拙者から奪っていくものだからな。自分の物だけは、どんな物でもしっかりと収めておきたいと思うてなぁ。今でもそれは続いておるのだ。故に、横から盗られるなど言語道断」
 蕩々と語られる言葉は、目の前に居る私に向けての言葉ではない。ただの独り言、兄君への嫉妬に燃え、冷酷な心を含ませた残酷な独り言だ。
 私は冷たい恐怖に覆われ、全身が凍えてしまう。心の芯からの震えが表にも現れ、ガタガタと震え始めた。だが、それでも小十郎様の冷淡な独り言は止まらない。
「どんな物でも、盗られる事が許せぬ。例え、見るに堪えぬ程醜い化け物だとしても。自分の物という肩書きが付いていたなら、不承不承ではあるが、手元に置いておく。自分の物は何一つ渡したくないだけなのだ。人は勿論だが。それが人外ときたら尚更だ。どんな物でも渡しとうないわ」
 やはりこの方は、私なんか居なくても良いのだ。醜い化け物と言ったばかりか、物と言い切った。そんな方が、私を再び妻として迎え入れる訳がない。「盗られたくない」、ただそれだけの理由で、あまりにも子供っぽい理由で、私を雷華様から引き離したに過ぎないのだわ。
 そして取り戻した私は、やはり見たくもないからここに置いたのね。外界からも遮断された場所に幽閉すれば、もう雷華様から盗られる事もなくなる。そうお考えなのね。
 でも待って、これで雷華様は助かるのよね。小十郎様から攻撃をされる事もなくなって、自由が取り戻されるのよ。そう思うと、これしき何ともないわ。今までと変わらない、雷華様と出会う前に戻っただけよ。
 自分に暗澹とした未来がやってきたと分かるけれど、私はその闇を受け入れた。雷華様がご無事なら、と。
 すると唐突に、小十郎様が「あの麒麟が言っておったが」と上機嫌に切り出す。
「我に忠誠を誓うそうだぞ。麒麟の力を持って、拙者を伊達家の当主にすると言うてなぁ。怪我が治れば、戻って来て、拙者に仕えると言うたのだ。あの明国の麒麟が、拙者に付いたのだぞ。これで拙者は兄者に勝ち、伊達家の当主になれるだけにあらず!全国に拙者の名を轟かせ、天下統一を成す事が出来るのだ!この小十郎政道が、天下を取るのだ!」
 もう兄者など敵ではない!と声高に叫び、ハハハッと高らかに哄笑する。その悍ましい高笑いが、地下牢にわんわんと響いた。
 まるで強大な野心に取り憑かれた化け物だわ。あれほど執着していた兄君が、薄れる程までに。小十郎様の心は、恐ろしい野心に喰らい尽くされてしまった。
 あまりにも恐ろしい狂気に当てられ、ゾクリと身の毛がよだった。それと共に、驚きが表に現れてくる。
「ら、雷華様が。貴方様に?」
 独りごちる様に言うと、朗らかに「そうだ!」と答えられた。