「お前の身の振り方次第なのだぞ、憐。お前が拙者の元に戻ると言うのなら、妻としての自覚を持つならば。そやつを見逃し、助けてやると申しているのだ。お前の罪も不問する、そう申しておるのだぞ」
 私はその冷酷な言葉に、目を見開き、「え」と強張った。戸惑いを見せる私に追い打ちをかける様に、小十郎様は「来い」と手を伸ばした。
 私が、小十郎様の手を取れば。雷華様を救える。雷華様が傷つく事はもうない。矢で射られる事も、刃を向けられる事もない。小十郎様の怒りにぶつけられる事もない。私のせいで、死を迎えさせる事もなくなる。雷華様の元を離れれば、雷華様の命が助かる。
「りん、耳を貸すな。これしきすぐに治る」
 雷華様が弱々しく言葉を囁き、私の判断を止めるが。
 私はキュッと唇を真一文字に結んでから、雷華様の耳元で囁いた。
「そうだとしても、もう貴方様が傷つく所は見とうありませぬ。雷華様、今までこんな私に幸せをくださり、かたじけのうございました。感謝の言葉もございませぬ」
 口早に告げてから、私は雷華様からソッと離れ、すくりと立ち上がった。「りん」と、引き留める声を残酷にも無視して。
 そしてゆっくりと小十郎様の元に歩んでいく。奥歯を噛みしめ、後ろに戻ってしまわない様に一歩ずつ。
 その時、瞼裏に雷華様と過ごした全ての記憶がまざまざと浮かんで来た。雷華様と過ごしている自分は、いつも笑顔だった。笑みが零れていた、喜びに満ちていた。それも全て雷華様が、忘れていた幸せを沢山注いでくれたおかげ。
 だから雷華様と過ごしている自分は、こんなにも涙を流す時はなかった。
 私は俯きながら奥歯を噛みしめ、歪む視界のまま小十郎様の前に立つ。
 これで良いなんか思いたくない。けれど、私達にはこれが最善なのよね。こうすれば雷華様が傷つく事も、命を狙われる事もなくなるのだもの。
 それに、もしもの話だけれど。雷華様が負傷なさっていなくとも、どのみちこうなっていたでしょう。雷華様はとても優しい方だから、争いと言う道をお選びにならない。だからこそ私自ら、この道を選ばなければならないの。
 雷華様から離れると言う、辛酸に塗れた道を。
「貴方様の元に戻ります」
 ポツリと呟くと、涙が奔流となり、ポタポタと地面に黒の斑点を幾つも作る。
 私の言葉を聞くと、小十郎様はにんまりと笑みを浮かべた。