「りんの良さも、価値も、何も分からんうつけに用はない。我が争いを好まぬ、穏やかな性格で助かったと思えよ。小さき家の子よ。我が友の白虎であれば、即刻食い殺されていたであろうて」
 冷酷に唾棄すると、雷華様はくるりと私の方に向き直り、蕩けてしまう程の優しい笑みを向けて下さる。
「早くいつもの森に行き、曲を作ろう。我は良い調べを思いついたのだ。聞いてくれるな?」
 雷華様はそっと私の頬に手を添えると、零れていた涙を優しく指先で拭い取った。
 私はその手を包み込む様にしながら、自分の手を重ね「はい」と破顔する。
 フフと柔らかな笑みをお互いに見せ合っていた刹那。
 ドスッ
 何か鈍い音が耳に入った。何の音だろうと、怪訝に顔を歪めてしまいそうになるが。すぐにその何かは分かった。
 グッと呻き声が目の前から漏れ、ふらりと雷華様が私に倒れ込んでくる。前のめりになる雷華様の背には、ピンと矢が突き刺さっていた。
「ら、雷華様!」
 悲鳴をあげ、倒れ込んでくる雷華様を支えようとするが。その重さを支えきれず、私は雷華様を抱きしめたままもんどり打ってしまう。
 けれど自分の痛みは、何も感じなかった。倒れ込んでしまった雷華様ばかりに気が向いていたから。
「雷華様!」
「すまん、りん。大事ないか」
 弱々しい声で私を慮り、雷華様がゆっくり体を離した。だが、すぐにまたドスドスッと鈍い音がし、雷華様の口から「ううっ」と呻きが漏れる。むくりと起き上がった体が、再び前のめりになると同時に、三本の矢が背中にそびえ立っていた。
 私がキッと前を睨むと、小十郎様の横で弓を構えた武士達が並び、小十郎様は上々と言わんばかりの意地悪い笑みを浮かべていた。
「雷華様!こ、小・・若様!もうお止めに!お許し下さいませ、どうか!どうか!」
 私は雷華様を抱きしめながら、涙ながらに訴える。
 すると小十郎様が「憐よ」と、底冷えした声で私を呼んだ。
「麒麟に魅入られた事は褒めてやる。流石拙者の妻だ、鼻が高い。だが、夫として不貞を見逃す訳にはいかん。お前はこの伊達小十郎政道の妻だ、故にそやつの死罪は免れん」
「あ、貴方様はもう、私を妻と見ておられない!離縁しているも同然でしょうに!それなのにこんなの、こんな事はあんまりにございます!」
 涙を振りまきながら強く訴えると、「よう考えよ」と冷酷に言葉をぶつけられる。