「そう言い続けるのは、りん自身も辛かろう。悲しかろう。どれほど主が辛い思いをしているか、心苦しいと叫んでいるか。主の左側を見ると、その訴えがよく分かるだけだ。だからもう辛い思いをするな、悲しい思いをするな。我が助けてやる、その呪いから解き放ってやる。だから頼む、我の手を取ってくれ。闇に戻って行くでない。もうりんを闇に行かせとうない、我の側に居てくれ。頼む」
 じわじわと視界が歪み、ツンツンと目頭と鼻が強く刺激される。そして抱きしめられている腕の中で、顫動してしまう。
「み、醜くない、と。仰って、下さるのですか」
「勿論だ。どこが醜いのか、我には到底理解出来ぬ。初めて見た時から、初めて会った時からそれは変わらん。りんは美しく、清廉な女子ぞ。この我が懸想してしまう程の、全てが美しい人間の女子ぞ」
「え」
 囁く様に告げられた言葉が信じられず、唖然としてしまう。
 雷華様が・・・・・懸想?
 頭が真っ白になる。その白い世界をぐるぐると巡っているのは、「雷華様が、懸想?」と言う単調な言葉だけだ。
「ま、まことに。雷華様が、け、懸想を?」
 やっとの思いで言葉を吐き出すと。すぐに「そうだ」と答えられてしまい、時間をかけて動き出してくれた脳が、再び急停止を起こしてしまう。
「我は誇り高き麒麟、故に人間の女子に懸想をする事などない。ここまで人間に執着する事もない。初めてだ、こんなになるのは。友の中に、人間に懸想をした奴がいたが。人間が良い意味が分からなかったのだ。皆でそいつをやいのやいの言ったものだ。人間なぞ、誰も彼も醜い心を持って、争いばかりをしていると言うのに、と」
 だが、と言葉を吐き出して、私をゆっくりと離し、顔を上げさせる様に頬に手を添えてから「主は違った」と優しく告げた。
「主は容姿も心も美しかった。清廉潔白で、これほどに美しい人間がいるとは、と。我は一目で心を奪われてしまったのだぞ」
 私をしかと射抜いたまま力強く言葉をかける雷華様に、私の目から堪えていた物が決壊する様に溢れ出す。
 口からは嗚咽が漏れ出し、視界もぼやけて雷華様が鮮明に見えなくなってしまった。けれど優しい指先が、私の涙を拭い取ってくれる。