じわじわと歪む視界を指先で乱暴に擦ってから、私は顫動しながら笛を口元に添える。ふうと小さく息を吐き出して、呼吸を整えるけれど。その呼吸がか細く揺れ、空気中で小刻みに揺れ動いているのが分かった。
 いけないわ、震えちゃいけないのよ。今から吹くのは、雷華様の新しい出会いを祝福して、雷華様の幸せな未来を願うものなのだから。きちんと吹きなさい、こんな事しか私には出来ないのだから。
 しかと心を込めなさい。そして今までのどの時よりも、最高の演奏をするのよ。
 キュッと震えを押さえる様に、唇を真一文字に結んでから、私は笛に息を送り込んだ。
 滑らかな音が暗闇に覆われた蔵に、高らかに響き始める。指を素早く動かせ、曲を軽やかに始めると、美しい音色が大きな蔵にわんわんと反響する。暗闇の中、太陽に包み込まれた様な音が私に降り注ぐと、目の縁からぽろりと涙が滴り落ちた。
 雷華様、私は貴方様に出会えて幸せでしたの。影に溶け込んでいた私を引き上げて下さって、言葉にならぬ程の感謝を致しております。私を一人の人間として見て下さって、げに嬉しゅうございました。
 愚かにも思い上がってしまいましたが。そう思い上がってしまう程の良き思いを、こんな惨めな私にさせていただき、言葉では言い足り得ぬ程の感謝をさせてくださいませ。
 雷華様、私は貴方様の幸せだけを願っております。
 どうか幸せになって下さいませ。どうか貴方様に、太陽の如く輝く光が注がれますように。
 甲高くも美しい音色が空気にゆらゆらと揺れ、華やかな音色を闇に広げていった。
 その刹那だ。バキンと蔵の鍵が荒々しく壊れる音が響く。
 私はその音を敏感に感じ取り、笛を吹く手を止め、ビクリとしてからパッと近くの物の影に身を隠した。
 笛を吹いていると、誰かの逆鱗に触れてしまったのだろうか。「笛を吹いていなかった」なんて、言い訳としては全く使えない。今でも笛の音色が余韻として、ふわんふわんと反響してしまっているから。
 急いで笛を袖に投げ入れ、胸の前で手を組み、影で小さく震え出す。
 サッサッと蔵の砂利を踏みしめる足音が耳に入り、私は益々息を殺して身を縮めた。
「ほんに主は暗い所が好きだのぅ」
 夢かと思う、上から降ってきた声に。心地が良く、包み込む様な温かみを帯びた低音の声音に。
 ハッとして、目を瞬いた瞬間。