「女、貴様はこの我を何と心得ている。我は明国の瑞獣・麒麟ぞ。下賤な女が、この我に触れようとするなど、言語道断だ。ひれ伏せよ」
 ビシビシと凄まじい殺気が襲いかかり、私はヒュッと息をか細く零し、慌てて叩頭する。
 凄まじい殺気と、激昂しているが静かに燃ゆる怒気。
 私の心臓に死が指をかけ、いつでも握りつぶせると言う脅しを感じ取ってしまった。圧倒的な恐怖でガクガクと震え、息を殺しながら額ずく事しか出来ない。
「時間の無駄であった。醜女なんぞに、りんの居場所を尋ねた我がうつけであったわ。良いか、醜女よ。我の前にもう二度と面を見せるでない。そして金輪際りんに近づいてくれるなよ、りんを少しでも悲しませてみろ。我が許さん」
 上から冷酷に降ってくる言葉に、私は何も言えずにただ小さく震えるばかり。
 醜女だなんだと言われ、許せないはずなのに。頭が恐怖で真っ白になり、何も言葉が出てこない。声を発すると言う容易な事も出来ない。否、許されていないのだ。
 すると「あ」と、彼の口から一言零される。喜びに満ち、とろんと惚けた声が。私にかけるべきである、蕩けた声が。
「ではな、醜女の化け物よ。もう用はない。我が出たら、この部屋から即刻出るのだぞ。良いな」
 冷淡に告げられると、「あぁ、忘れておった」とサッと肩にかけていた美しい紅色の衣を、軽やかに盗られてしまった。
 憐の部屋に無防備に置いてあった、この奥州では見る事のない珍品が。私に相応しい、透き通った紅色の美しい衣が。
「あっ!」
 私は慌てて顔を上げ、手を伸ばすが。私が手を伸ばした時には、すでに遅かった。
 目の前で、美しい衣が燃えていた。彼の手の平から発せられる、青き炎の中で。瞬く間に燃やし尽くされ、数秒前に肩にかけていた衣は見る影もなく、チリチリとした炭になり、畳に降り注いだ。
「それを主に使われるのが、癪だったのでな。まぁ、主のおかげでりんに別の良き品を贈る事が出来た。それだけは感謝せねばなるまいか」
 彼は私をコケおろし、酷薄な冷笑を浮かべる。くるりと踵を返して、雷華様は軽やかに空に向かって跳ね、どこかに姿を消してしまった。
 私の瞳の中で、彼の冷笑とチリチリと畳に向かって沈んで行く、美しい衣の欠片が残像として映る。瞬いても、いつまでも同じ光景ばかりが映され続けた。