声の主に恐れを抱き、その場で身を縮めていると。どういう訳か。スパンッと部屋の障子が開き、仁王像の様な形相をした東姫様がずんずんと部屋に入ってくる。
 東姫様が自ら進んで部屋に入ってくる時は、物を盗る以外にない。そもそも私を忌避しているから、ここは避けているはずで。こうも面と向かって、堂々と入ってくる事なんてない。初めてで、あり得ない事態だ。
 驚きと恐れで目の前の状況に固まっていると。
「私が来たのだから、叩頭なさいよ!無礼ね!」
 声高に声を張り上げられたかと思えば、力強くバチンと右頬に痛みが弾ける。私はその痛みに促される様に叩頭し、畳に額をこれでもかと言う程埋め込んだ。
「全く、相変わらず無礼な子。・・・まぁ、でも良いわ。面を上げなさい」
 その艶やかな声音が、何かあるのではないかと猜疑心を生ませる。
 こんな猫なで声は、何かあるとしか思えないわ。何を言われると言うの?何をされると言うの?
 恐る恐る顔を上げると、目の前の東姫様は満面の笑みだった。その笑みに、ゾクリと肌が粟立ってしまう。
「い、如何致しましたでしょうか」
 俯きながら尋ねると、東姫様の影が私にかかり、「貴方」と蠱惑的な声で囁かれた。
「異国の服を着た、麗しい妖怪の殿方に目をかけられているわね」
 思いもしなかった言葉に、バッと顔が上がり、東姫様を信じられない目で見つめてしまった。
 刹那、やってしまったと凄まじい後悔が襲ってくる。否定するなり、何の事ですかと、とぼける事も出来たはずなのに。この反応では「そうです」と、自白してしまったも同然だ。
 慌てて否定しようとするが、気がついた時にはすでに遅い。東姫様は確信を得た様に、にんまりと笑い「やはりね」と嬉しそうに呟いた。
「これを若様が知ったら、どうなるかしらねぇ。堂々と若様の屋敷に通い、不貞を働いたのだもの。重い処罰が下るわよ、貴方の死は免れないでしょうねぇ」
 良い気味と言わんばかりに告げる東姫様に、私は恐れを抱かずにはいられなかった。パッと俯きくとガタガタと震え出し、気管がどんどんと狭まっていく。うまく呼吸が出来ず、ひゅーっひゅーっとか細い息が零れるばかりだ。
「ど、どうか。お許し、下さい、ませ」
 声帯が喉に張り付いた様に苦しげな声で乞うと、帰ってくる答えは驚くべきものだった。