いつの間に、目を掛けられる様になったのかは分からないけれど。私に会えば、絶対に私の方に気が向くわ。
 息を殺しながら、あの方の愛しい目が自分に向く事を想像する。それだけでも腰から崩れ落ちそうになる程惚けてしまう。「東姫」と呼ぶ姿を想像すれば、昇天してしまいそうになる。
 纏っている衣からも、高貴な家柄と分かるわ。益々、この私に相応しい殿方ね。ああ、早くあの方の目が私に向かないかしら。
 惚けながら、もう一度窺う様に顔を覗かせると。美しい殿方が、醜いあの子の頬に手を当て、蕩けていた。
 その姿を見ると、先程よりも凄まじい怒りを覚える。
 ギリギリと歯ぎしりをしていると、「離れがたいな」なんて言う小声が微かに耳に入った。「私もです」なんて言う、図々しい小声も。
 女らしくなって、何様のつもりか。あんな醜い子が、汚らわしい化け物が、色目を使うなんて。信じられない、なんと愚かなのか。見ていられないわ。
 あの殿方は憐に騙されているのね。きっと呪術を使われているのよ。そうに違いないわ、じゃないとあの化け物に、あんな殿方が目をかけるはずないもの。
 怒り心頭で飛び出そうとした瞬間、憐の前に居た殿方が高く飛び、そのまま空を駆けていってしまった。
 衝撃的過ぎる光景に唖然としてしまうけれど。憐は当たり前の様に、その光景を見つめて微笑み、くるっと部屋に戻って行った。
 その笑みを見て、感じた事がない程の怒りを覚える。
 憐め、何よその勝ち誇った顔は。この際、あの美しい殿方が妖怪だとしても関係無いわ。見目麗しい殿方だと言う事は、何も変わらないのだから。私があの方の隣に相応しいのよ。憐じゃない、あの方の隣はあんな子じゃなくってよ。
 私よりも遙かに劣って、私よりも遙かに醜いあの子が。あんな方に選ばれる訳ないのよ。図々しく、あの方の隣に居座るなんて許せない事よ。
 グッと奥歯を噛みしめ、堅く拳を作り、手の平に深々と爪を入れ込んだ。
 そして自分の激しい怒りを感じながら、若様の部屋に向かって行った。
・・・・
 今宵は雷華様がいらっしゃらない・・・やはり寂しいものだわ。
 文机の前に座り、手持ち無沙汰に笛を指先でツンツンと突いていると。突然部屋の向こうから「憐!」と、鋭い声が飛んできた。
 その声の主が分からない程、私はうつけではない。