「そう気落ちするな、りんよ。主には分からないであろうなぁ。我の、この辛さや悲しみが。りん以上に、我の胸は潰れる程悲しく、胸が張り裂ける程辛く苦しいのだぞ。だがな、それは一夜だけだ。明後日となれば、すぐに迎えに行く」
 指先で頬を優しく撫でられると、不思議と覆っていた悲しみが一気に消え去る。雷華様の優しい指先で、全てが拭い取られてしまったみたい。
「はい、私はここで貴方様をお待ちしておりますね」
 口元を綻ばせながら答えると、雷華様も「ああ」と頷いてくださる。
 そして優しい眼差しで、私を見つめながら「離れがたいな」と微笑んだ。
「私も、です」
 そっと右頬に触れる手に自分の手を重ねると、雷華様は少し目を丸くなさった。けれど、すぐに柔らかな表情に戻る。
「また明後日に、な。すぐに迎えに行く」
「はい、お待ちしておりまする」
 そうしてゆっくりと互いの手が離れ、名残惜しむ様に指先も離れて行くと。雷華様は微笑みを残してから軽やかに跳ね、空を駆けた。小望月に、黒点の流れ星が横切っていく。
 私はその後ろ姿を少し見つめてから、くるっと踵を返して部屋に戻った。右頬に残り続ける熱に、笑みを浮かべながら。
・・・
 何よ・・・あれ。
 私は目の前の光景に衝撃を覚えるが。すぐに沸々と湧き上がってきたのは、凄まじい怒りだった。
 醜く、汚らわしい憐の元に、見目麗しい殿方が立っていた。異国の服を纏い、すらりと美しい容姿。たった一目で、私の心はあの殿方に奪われてしまった。
 あんなに美しい人は、この奥州には居ない。いいえ、この日の本には居ない。それほど美しく、麗しいお方だわ。
 それなのに、そんな方が憐を見て愛おしそうな目をしている。あんなに醜くて、悍ましい子を見て、美しき殿方が愛おしい目をしているなんて。
 あり得ない。あり得ないわ。そう言う目を向けられるに相応しいのは、美しい私、この東姫ではなくて?
 グッと奥歯を噛みしめ、とっさに隠れた影に再び身を隠す。
 今回ばかりは、部屋に忘れ物をして良かったわ。若様の部屋に戻ろうとした道中で、あんな美しい殿方を見る事が出来たんですもの。
 それにしても許せないわ。憐の奴、あんなお方に目を掛けられているなんて。そうか。この衣も、きっとあの方から貰った物なのね。近頃の憐がふくよかになってきて、艶がよくなりだしてきているのも、あの方のおかげなのね。