歯がみしながら言うと。向こう側から「ハッ?」と呆気にとられた声が聞こえた。
 そして「な、何故そう言うのだ」と焦る様な、驚く様な声で尋ねられる。
「また誰かに禁じられたのか?我は妖怪だ、気にする事はないと言うておろう。我が勝手に攫うだけぞ。それか、あれか。もしや、昨夜の霞ひが気に食わなかったか?」
 霞ひと言う単語を耳にすると、じわじわっと更に視界が歪み、悔しさと哀しさが一気にこみ上げて来た。奥歯でそれらを噛みしめて、涙を堪えるが。その間で、聡い彼は気がつき「それか?」と言葉を重ねてくる。
「気に食わなかったのなら、すまなかった。また別の物を贈ろう。だからな、そこまで言わなくとも良いのではないか。もう会わぬなど、そこまでは」
「違います、そうではありませぬ」
 おずおずとした言葉をバッサリと遮り、もう一度震える声で「そうではございませぬ」と言った。
 すると少しの間を置いてから、雷華様が「何かあったのか」と弱々しく尋ねてくる。
「いいえ、もうお帰り下さい」
 つっけんどんに答えると、雷華様は「りん」と私の名を優しく呼んだ。
「そのままで良い、そのままで良いからな。話してくれぬか。主の悲しみの根源に、我の贈った霞ひがあるならば。我にも聞く道理はあろうて」
 とんと扉に小さな衝撃を感じると。それから少しの間があってから「頼む」と弱々しく、切ない声音で訴えられた。私はその声にギュッと胸を締め付けられる。
 そして言うつもりは微塵もなかったのに。「実は」と、ポツリポツリと語り出してしまった。
「雷華様から頂いたのに、霞ひを、あの美しい贈り物を取られてしまったのです。とても嬉しくて、大切にしようと誓ったばかりなのに。別の女性に、取られてしまったのです。取り戻せなかった。故に、顔向け出来ませぬ。容易にとられた挙げ句取り戻せず、反論も出来なかった私です。どうしたら貴方様に顔を向けられましょうか、どうしたら貴方様に」
 嗚咽混じりに告白すると、向こう側から「そうであったか」と重々しい声が聞こえた。
 呆れられたわよね。折角贈ったのに、すぐに取られるなんてと怒るわよね。情けないと思われるわよね。
 自分の情けなさを再び痛切に感じ、ギュッと目を堅く瞑る。扉を押さえている手も自然と強まり、ガタッと扉を揺らしてしまった。
 その刹那。
「構わん、気にするな」