「ハッ、この九郎重治にお任せ下さいませ。今後粗相をしない様、しかと罰しておきまする」
 歯切れ良い声が返されると、私はまたもずるずると物の様に引っ張られていく。
 右目に映る東姫様は、冷ややかな笑みを浮かべて私を見つめていた。婉然としているが、私の右目に映る彼女は、まるで悪霊に取り憑かれている様に見えた。
「返して!返して下さいませっ!お願いですから、返して、返して!」
 涙を振りまきながら、手を伸ばすが。ずるずると引っ張られ続け、手がどんどんと霞ひから遠のいていく。
 雷華様から頂いた物なのに、雷華様が私の為に贈って下さったのに。
 悔しさと哀しさが一気に押し寄せ、ぶわっと目から決壊する様に涙が溢れ出る。
 必死に手を伸ばし、喚き散らしていたが。ドサッと自分の部屋に投げ入れられると、その手は自分を庇う事に必死になり、悲痛な訴えは悲鳴に変わっていった。
 ただ涙だけが、変わらずに溢れ続ける。あちこちの痛みのせいで、取り戻せなかった悲しみのせいで。雷華様から頂いた物を手放してしまう事になった、強い悔しさのせいで。
 瞼の裏で、雷華様の姿が映る。あの美しい霞ひを渡す時の雷華様を。
 そのお姿が瞼裏に映ると、涙は奔流になり、止めどなく流れた。闇に覆われた左目からも、ボロボロと流れ続けていた。
・・・
「りん?」
 一枚壁を隔てた向こう側で、雷華様の怪訝な声が聞こえた。その声を聞くと、腫れぼったい瞼がズキズキと再び痛み出し、視界が歪み出す。
 私は小さく息を吐き出してから、しっかりと扉を押さえ、真っ暗闇の中から「お帰り下さいませ」と冷淡に答えた。
 そこで雷華様は、私がどこに居るのか分かったのだろう。隔てた壁の向こうから「またもそんな所に居るのか?」と少しからかう様な声がかかる。
「押し入れなぞ狭かろう、出て参れ」
 朗らかに告げられるけれど、私は「お帰り下さい」と強く拒絶した。
「りん、どうしたのだ?」
 怪訝な声と共に、扉がガタッと動くけれど。私が扉を必死に押さえていたせいで、扉は閉ざされたままだった。
 そして止められたと分かると、雷華様は「りん」と怪訝に私の名を呼ぶ。
「何故押さえておるのだ」
 不満げな声をかけられるが、私は扉を強く押さえながら「もうお帰り下さい」と冷淡な言葉を繰り返した。
「私はもう、貴方様にお会い出来ませぬ」