「行きましょう、東姫様。これ以上、あんな小娘と居るとどうかしてしまいますわ」
「左様ね。では、重治殿。お願い致しますわぁ」
 冷ややかな会話が聞こえると、ハッと歯切れの良い声が東姫様達の声に応じた。私はその声で立ち竦んでしまい、その場から恐怖で動けなくなってしまう。
 だが、いつの間に移動したのか。黒ばかりの視界の隅に、袴の灰色の裾が見えた。上からは、先刻よりも比にならない程の威圧と冷たい怒りを浴びせられる。
「来い」
 苛立ちが抑えきれない声で、ぶっきらぼうに告げられたが。私は竦んでしまい、体を動かす事は愚か、声を発する事すらも出来なかった。
 だが、それが益々相手の怒りに油を並々と注いでいく。「いい加減にしろ」と怒鳴られ、どんっと突き飛ばされてしまった。呆気なく後ろにひっくり返り、どてっと無様に尻餅をつく。ジンジンと尻から痛みを感じるが、その痛みを慮る暇はなかった。首根っこをつかみあげられる感覚がし、そのまま物を引きずる様に先を歩かれてしまう。
 じわじわと視界を歪ませ、あちこちの痛みを感じながら「お止め下さい」とか細く声を上げた。
 すると「お待ちになられて」と艶やかな声がかかり、重治様の歩みを止めた。ぐえっと首根っこがしまり、えずいてしまう。げほげほとむせ込むなか、「東姫様、如何致しましたか?」と言う声が耳に入った。
「いえね、一言。この子に言わねばならない事がございますのよ。少し離れていて下さいませんか?」
「畏まり申しました」
 荒々しく首根っこを離され、げほげほっとその場で激しくむせ込んでいると、冷ややかな笑みを浮かべた東姫様が私の前に膝をついた。
「こんな良い物、貴方なんかが持っていたなんて驚きよぉ。でもねぇ、貴方には相応しくないの。分不相応も良い所。だから私の物にしてあげたわ、感謝するのねぇ」
 艶然と耳打ちされる様に告げられた言葉に、私はハッとして東姫様の冷笑を見つめ「やはり」と愕然とする。
「お、お返し下さい!それは私の、大切な物なのです!」
 声を荒げ、東姫様の肩に掛かっている物に手を伸ばすが。荒々しく首根っこを引っ張られ、ぐえっと強制的に後ろに引き戻された。
「この無礼者めがっ!東姫様、大事ございませぬか?」
「ええ。重治殿、やはりこの者は、げに愚か故、私の言葉が聞き入れられないみたいですから。しかとお頼み申しますねぇ」