「ここまで愚かとは思わなかったわぁ。私を盗人呼ばわりしたばかりか、私の物を取ろうなんて。仏様も救いようがないわねぇ」
 東姫様が嘲笑気味に言葉をぶつけると、凪姫様が声高に「罰してもらいましょう!」と言葉を重ねた。
 すると「何の騒ぎにございまするか」と重々しい声が、割って入ってくる。ちらと顔を上げて前を見ると、東姫様達の後ろ側から、厳めしい顔つきをした男の人がやってきた。
 その顔を見ると、私の嫌な記憶が刺激される。じくじくと左目が痛み出し、なぜだか右頬もズキズキと感じ始めた。
 あの方は、小十郎様から殴られた後に私を物の様に部屋に投げ込んだ人だわ。
 その人は私を見ると、スッと目を細めて、威圧的に「またか」と零した。私はその冷ややかな目に射抜かれると、パッと深く俯いてしまう。
「あら、重治(しげはる)殿ではありませんか」
 凪姫様が嫋やかに声をかけると「何やら騒ぎかと思い、参上致した次第にございまする」と重々しくも、棘のある声が答えた。勿論、その棘は私に向けられていると分かる。
「丁度よろしい時にいらして下さいましたわね。あの子、部屋を勝手に出たばかりか、東姫様を盗人呼ばわり致したのよ」
 凪姫様が険のある声で告げると、すぐ目の前からううっとわざとらしく嗚咽が漏れた。
「私は悲しゅうて、悔しゅうてなりませぬ。何故、あの下賤な者から罵られねばならぬのか。私の衣を自分の物で、盗んだと言いがかりを申してきたのですわぁ」
 わざとらしくおめおめとする声を上げると、すぐさま「なんと」と冷ややかな怒りに滲んだ声が、私に飛んで来る。
「許せない事にございますな。若様には拙者から申しておきまする」
 俯いていて、私は誰も見ていないと言うのに。嫌悪に染まった六つの眼が、確かに自分に刺さっていると分かった。憤怒と嫌悪、負の感情で顔を歪めている事も。
 私は俯きながらも、自分の中の勇気をかき集め「その衣は、私の友人がくれた物にございまする」と、小さく声を上げるが。
「重治殿、この子の処罰を私達の代わりに務めて下さりますか?殴るなり、蹴るなりしてよろしいですから。もう二度とかような態度を取れない様にしておいて下さいませ」
 凪姫様の剣呑な声と重なり、私の声はあっという間にかき消された。そして無情にも「畏まり申しました」と、冷淡に答える声が追随する。