口早に警告すると、雷華様は喜色を浮かべながら袖から美しい衣を引っ張り出した。紅色の生地だが薄く透き通り、月光に照らされるとキラキラと反射する。まるで紅玉の衣の様で、私は唖然としてしまう。
 それは?と尋ねようとしたが。雷華様が先に口を開き「これは明国の霞ひ(かひ)と言う物でな」と口ごもりながら答えた。
「りんに受け取って欲しいのだ」
「え。で、ですが・・こんな高価そうな物を頂く訳には」
「良いのだ。それに、りんによく似合うと思うのだ。りんは、かような美しさを持っている女子だしな。ま、まぁこんな物よりも、主の方が美しいと言うものだが」
 あまりにも歯切れ悪い言葉。そんな風に言葉を紡ぐ雷華様は初めてで、私はちらと顔を見上げて、雷華様を窺ってみた。
 すると月光に晒される雷華様のお顔には、ほんのりと赤みがささっていた。恥ずかしさを堪える様に奥歯を噛みしめながら、目を右往左往に泳がせている。
 私はそのお顔を見て、呆気にとられてしまった。唖然としたまま、ジイッと雷華様を見つめる。
 すると雷華様は、私の視線にすぐに気がついてしまった。マジマジと見過ぎたかもしれないと、慌てて目を逸らそうとした刹那だ。
 驚くべき事に、雷華様のお顔に更に濃い赤がぶわっと広がる。
 私が「ら、雷華様」とポツリと呟くと、雷華様は「では、またな!」と口早に告げてから、逃げる様に飛び去ってしまった。
 天高く飛び去っていく、美しき人型の妖怪。三つ編みにされ、一本に結われた長い後ろ髪が尾を引くようにたなびいていた。
 私はその姿を見送ってからすぐに部屋の中に飛び込み、パタンと障子を閉める。
 そして障子の前で、へなへなと崩れ落ちる様に座り込み、キラキラと紅色を反射させている美しい霞ひに目を落とした。
 まるで絵巻物に出てくる、美しき天女の羽衣の様だわ。
 そっと柔らかな衣を撫でると、頭の中で先刻の雷華様が思い出される。
「ま、まぁこんな物よりも、主の方が美しいと言うものだが」
 なんて歯切れ悪く言い、恥ずかしそうに真っ赤になっていた雷華様。
 雷華様は、あんな風な表情をするお方でもあったのね。それに、きっと本心ではないと言うのに、あんなに真っ赤になりながら「美しい」と言って下さるなんて。変わったお方だわ、明の尊き妖怪だと言うお方のはずなのに。
 その時。なぜだか分からないが、フフッと柔らかな笑みが零れてしまった。