肩を竦めながら言うと、雷華様は「ここに座れ、ここならば危なくない」と私を中央に引き寄せて、座らせようとした。
「わ、私がそこに座ってしまうと。雷華様がお座りになられないですから」
 ここで大丈夫ですと告げようとするが、「構わん」とにこやかに言葉を遮られる。
「我は浮く事も出来るのでな、案ずるな」
 口元を綻ばせながら言うと、雷華様は私をストンと中央の安全な部分に座らせた。横並びに腰を下ろすけれど。ご自分は中央から外れ、湾曲が一番ある部分に座る。座ると言うか、若干浮いている様な形だ。
 こういう所をサラリと見せられると、やはり雷華様は人間ではないのねと痛感する。
「りん、今宵の締めじゃ。もう一度、影姫を吹いてくれるか?ここなれば母君との距離が近づき、母君にもよう聞こえるであろう」
 ニッと白い歯を見せながら頼まれ、私はハッとした。
 そうだったのね。だから私をここに座らせたのね、この方は。母様との距離を縮めて、笛の音がよく届く様に、と。
 雷華様の心遣いをしかと感じ取り、私の胸にじんわりと温かな感情が広がっていく。
 私はキュッと唇を真一文字に結び、自分を律してから「はい」と答え、握っていた笛を口元に添えた。
 ゆっくり息を吐き出してから笛を構え、息を吸い込み、そのままゆっくりと笛に吹き込んでいく。
 笛から出た美しい音色は、濃藍色の空に向かって、母様に向かって飛んでいく。天ノ川の様に天に伸び、柔らかくも悲しげな音を響かせながら。
 その時、柔らかく光っていた月が輝きを強め、私を温かな光で包み込む。それがまるで母様からの答えみたいで、右目の端からツウと一筋が流れた。
 そして吹き終わると、雷華様は拍手を送りながら「素晴らしい」と一言、言葉をかけてくれた。
 たった一言、けれど喜びが全身に駆けていく様な一言。
 私は「ありがたきお言葉でする」と雷華様に向かって、弱々しい笑みを称えながら言った。
 雷華様は私の笑みに答える様に破顔すると「帰るか」と弱々しく告げる。私がそれに小さく頷くと、来た時の様に私を連れ、悍ましい屋敷に戻って行った。
 ストンと自室の障子の前に降り立つと、私は「では」と急いで部屋に戻ろうとするが。「りん」と呼び止められ、障子を開けた所でピタッと止まり、急いで振り返る。
「如何致しましたか?万が一誰かに見られたら、貴方様にも迷惑がかかります」