ドギマギと変に早鐘を打つ心臓に耐えられなかったせいか、いつもより近くに感じる雷華様に耐えられなかったせいか。
 前者か、後者か。どちらかは分からないけれど、いつも以上に慌てて距離を取ってしまった。大岩の上であると言う、単純な事も忘れて。
 あっと思うが、すでに時遅く、つるんと大岩から足を踏み外していた。
「きゃっ!」
 口から小さな悲鳴が飛び出し、体が後ろ向きに倒れていく。
 その時ばかりは、不思議と時の流れが変に遅く感じた。緩やかに流れる時の中、後ろ向きに体がゆっくりと倒れていく。文字通り、時間に身を任せていた。
 だが突然、ぐいと体が前のめりに戻される。腰辺りに力強くも、華奢な手を感じて。そしてドンッと精悍で厚い何かに受け止められる。
 ハッとすると、少しだけ早くも雄弁に語る心音を耳にしていた。すぐ上からは「間一髪だな」と面白げに言う声が降ってくる。
 時の流れが、いつも通りの速さになると。自分の置かれている状況に、真っ青になって来てしまう。
 これは夢だと思いたいが。耳にしている心音と、視界いっぱいに広がる黒の生地、そして腰を支える様にして添えられている力強い手が、残酷にも現実だと教え込む。
 も、もしかして私・・・雷華様に。
 羞恥心が、ぶわっと一気に押し寄せ「も、申し訳ありませぬ!」と慌てて飛び退こうとするが。腰に添えられた手がそれを許さず「落ち着け」と宥められた。
 お、お、お。落ち着けって、言われても。こ、こ、この状態は、ちっとも落ち着けないわ!落ち着くなんて、無理よ!絶対に無理!
 ドコドコと大音量且つ尋常じゃない速さで、心臓が鼓動を打ち始めた。その心臓に痛みを覚えるはずなのに、気持ちは羞恥でいっぱい。そのせいで、自分がどうすれば良いのか分からず、目の前がぐるぐるとし始める。
 でも、幸いな事は期せずして起こるものだ。
 雷華様は混乱しているだけの私を見て、大人しくなってくれたと勘違いしてくれたのだ。「うむ、落ち着いたな」と満足げに頷きながら、ゆっくりと私を離していく。
 離れて行く厚い胸板にホッと胸をなで下ろしながらも、未だに心臓はバクバクと跳ねていた。
 私は乱れた呼吸や髪を整えてから「か、かたじけのうございました」と消え入る様な声で、礼を述べる。
「気にするな、我にも一因はあるからな」