「その曲はりんが作った物だと申したな、題はあるか?」
「はい。影姫、と言う題にございます」
「影姫、か。道理で随分と物憂げで悲しげな訳だ。この世界で生きてみせると言う、気概が込められている様に感じたが。この影の世界から出たいと言う様な痛切な訴えも感じた気がしたな。綯い交ぜになっている感情が込められ、齟齬が生まれているが、それが癖になるな。うむ、何から何まで良き曲だ」
 ふむふむと私の言葉を噛み砕きながら、おおらかに告げる雷華様。そんな雷華様の前で、私は唖然としてしまった。
 この曲をそこまで噛み砕いて、聞いていた人が今まで居ただろうか。密かに曲に込めた思いをここまで感じ取ってくれた人が居ただろうか。よく聞いていた善次郎ですら、どこか悲しいけど、癖になると言うだけだった。
 嬉しいと言う気持ちもあるが、それ以上に呆気にとられてしまう驚きがやって来る。
 すると突然、雷華様は蕩々と語っている言葉を止め「りん?」と怪訝な声で私を呼んだ。私があまりにも無反応というか、ぽかんとしている事に気がついたのだろう。
「どうかしたか?」
「あ、いいえ。何も、何もございませぬ。ただ少し驚いたと言いますか」
 縮こまって答えると、雷華様から「驚いた?」ときょとんとした声が発せられた。
「何故驚いたのだ?」
 厳かな声音で尋ねられ、すんなりと答えそうになってしまったけれど。私はハッと思い直した。
 私の気持ちなんかを話しても、何も意味がないわ。この方にだって、何の得にもならないし、私の言葉なんか耳障りだもの。それに雷華様の言葉だって、上辺なのかもしれないのだから。
 キュッと唇を真一文字に結んでから「いいえ」と小さく答えた。
「雷華様が気にする事ではございませぬ」
 俯きながら、きっぱりと答えると。予想外にも間が訪れた。爽やかに吹く風に揺れる森林の木々の音が、私達の間に流れている静寂をどこか虚しい様な物に変えていく。
 それだから風が止まってしまうと、シンッと言う擬音が聞こえてしまう程の静寂をヒシヒシと感じた。
 だが、静寂は破られた。居心地の悪さに身をたじろぎそうになる直前、雷華様がおもむろに口を開いたのだ。
「そうか」
 意外にもたった一言、しかつめらしい声でゆっくりと告げられる。