けれど「何も問題はなかろう?」と有無を言わさぬ笑みを見せられながら、ずんずんと先を歩かれ、あっという間にひょいと天高く飛び、ひゅーっと風を切る様に夜空を駆けられた。
 キラキラと煌めく星と、太陽よりも控えめで美しい光を放っている月が、大きく視界に広がる。
「りん、笛は持って参ったか?」
「は、はい」
 端正な顔が間近にある事にドギマギとしながら答えると、雷華様は「ならば良い」と満足げに頷いた。
 そしてストンと半刻ぶりの美しい森に着地し、私を腕の中から解放する。私は飛び退く様にしてバッと距離を取り、風で乱れた左側の髪をしっかりと直した。醜い左側が見られない様に、念入りに髪を左側に持ってくる。
 その間に、雷華様はヒラリと舞う様に大岩の上に降り立ち、その場で片膝を立てて座った。そして私が整ったのを見届けると、「では」と楽しそうな声をあげる。
「早速、一曲頼む。数時間ぶりだが、我はりんの笛を楽しみにしておったのだ」
「そ、それはありがたきお言葉にございまするが。何の曲をご披露すればよろしいのですか?」
 巾着からおずおずと笛を出しながら尋ねると、「昨夜攫う前に、りんが吹いていた曲を頼めるか」と軽やかに答えられた。
 雷華様が、私を攫う前に吹いていた曲・・・?
 何を吹いていたかと、記憶の糸を手繰ってみると。ハッとその部分が鮮烈に思い起こされ、ピカッと頭の中で雷が迸った。
「長い年月を生きているが、あの様な曲は初めて聞いたのだ。故に、それを目の前で聞きとうてな」
 喜色を浮かべながら催促され、私は少し口元を綻ばせながら「それはそうでございます」と答える。
「今から披露致します曲は、私が作った物にございますから」
 フフッと笑みを零してから、私は口元に笛を持ってきて、ゆっくりと息を送り込んだ。清らかだが、どこか暗然とした様な音が夜の森に響き、おどろおどろしい何かを装飾させる。更に、息使いと指使いを巧みに使い分け、曲を仕上げていった。
 そして悲しげな曲の終わりを迎え、遠くまで広がった余韻に浸ってから、口元からゆっくりと笛を下ろす。するとすぐにパンパンッと軽やかな拍手が送られた。
「目の前で聞くと、こうも違うとは。げに素晴らしきものだ、流石の腕前だな」
 感嘆とする雷華様を前に、私は「過分なお言葉にございます」と苦笑を浮かべた。