にこやかに告げられると、カシャッと枯れ葉を踏みしめる音が微かに耳に入った。その音で、私は俯いていた顔を上げてみると。雷華様は再び大岩の上に座り、私を優しい目で見据えていた。
 上手く誤魔化された気がする・・・。
 頭に疑問が残ったままで、なんだか納得いかない気がするけれど。雷華様の優しい眼差しに射抜かれると、そんな気持ちが緩やかに絆されていく。
 色々な感情が綯い交ぜになって、よく分からない顔つきをしてしまうけれど。私は口元に笛の吹き口を持ってきて、「では」と答えてから息を笛に送り込んだ。
 再び笛の滑らかな音が、奥州の美しい森に広がる。濃藍色の空からの柔らかい光も更に注がれ、雅楽の舞台に立った様な厳かな気持ちになった。
 笛を吹く喜びも湧き上がってくるけれど、今の喜びはそれだけじゃない気がするわ。
 大岩の上で座っている雷華様をちらと盗み見ると。雷華様はうっとりと聞き入る様に目を閉ざしながら、音の世界に身を委ねていた。けれど突然閉ざされた目がパチッと開き、ばちりと目が合ってしまう。
 その刹那、雷華様の顔が更にとろんと優しく蕩け、どくんっと私の心臓が大きく鼓動を打った。押さえる指がつるりと笛の上を滑り、音に動揺が現れてしまう。
 いけないと気を引き締めて、顔を俯かせて笛を吹くけれど。笛の音に混じって、小鼓の様な心臓の音が不思議と耳に入って来た。それは自分を律そうとすればする程、大きく聞こえだして、なんだか笛の音がぎこちなくなってくる。けれど雷華様は何も仰らなかった。
 そしてやっとの思いで吹ききると、何事も無かったかの様に「やはり見事だな」と、柔らかく微笑み、私に軽やかな拍手を送ってくれたのだった。
 私が俯いて「ありがたきお言葉にございまする」と答えると、「本心だぞ」と軽やかに返される。その答えに喜びを感じてしまいそうになったけれど、直ぐさま「思い上がらないのよ」と冷ややかに押さえつけ、唇を強く噛みしめた。
「今日はこれで終いにするか。また明日、否、今日か。今日の夜、またりんを攫いに行く」
 ニコリと告げられた言葉に、「えっ?!」と声を上げる。
「こ、此度で終わり。この一度きりで終いではないのですか?」
 私が愕然として尋ねると。雷華様は大岩の上で目に見えて分かる程がっくりと肩を落として、「そんな訳なかろうて」と嘆息した。