「も、申し訳ありませぬ。ですが、皆私をそう呼ぶので、何も間違いではございませぬし」
「呼び名は名ではない。我は主の名を尋ねておるのだ。さぁ、申せ。真の名を」
 ふんっと荒い鼻息を吐き出されながら釘を刺され、私は「はい」と答え、久方ぶりに自分の名を口にした。誰も呼んでくれず、自分の中からも消えつつあった、自分の真の名を。
「りん、と申します」
「りん、か」
 私の言葉を聞くと、優しく顔を綻ばせ、私の名を噛みしめる様に「りん」ともう一度呼ぶ。その優しい笑顔が、仄かな月光に照らされると、どこかドキリとしてしまった。けれどそれを奥に押し込め、表に出ない様に「はい」と答える。
「良い名ではないか、りん。憐よりも断然良いわ。まぁ、憐と言う字にもいとおしいと言う意味が込められておるからな、似合っているとは思うが」
「えっ。そうなのでございますか?」
 サラリと明かされた事実に驚きを見せると、彼は「そうだぞ」と柔らかく笑った。
「だが、りんの方が良い。我の名の一部と同じだしな」
「あ、ありがたきお言葉にございまする」
 しどろもどろに言葉を受け取るが。なんだか居たたまれなくなり、すぐに「貴方様は?」と口早に尋ねた。
 すると彼は嬉しそうにニッと目を細めてから、「我か?」と、急にしかつめらしい顔つきになる。
「我は、明国の瑞獣。麒麟の雷華(らいか)だ」
 威厳たっぷりに言われるけれど、よく分からなくて頭の中が疑問でいっぱいになる。
 明は予想通りだとしても、瑞獣って何かしら?麒麟って何の事かしら?雷華がお名前の様にも思うけれど、麒麟の方がお名前なのかしら?さっき名前の一部と同じと言っていたから、麒麟?と言う名なのかしら?
「おい、何の反応もなしか」
 ぶすっとした声が聞こえたので、慌てて「あ、いえ、あの」と弁解する。
「私は無知な者故、貴方様のお言葉が理解出来ず。どれがお名前なのかも、明確に分からなくて」
 おずおずと答えると、「おお。なんだ、そうであったか」と朗らかな声が、すぐに戻って来た。
「我の名は雷華だ。明と言うのは分かるであろう?倭国から海を渡り、北の方にある大国だ。我は、その明国の瑞獣の一角を担う麒麟と言う種族なのだ。四神にも匹敵する、否、四神以上の力を持っておるのだぞ」