俯いている私の顔を覗き込む様にして、悲しげに尋ねる。
 私はそれに驚き、パッと慌てて飛び退いて距離を取り、再び俯きながら「はい」と答えた。
「人も妖怪も同じにございます。本心と言葉が相反するなぞ、ようある事にございます。いつかは手の平を返すと、人を食う様な態度になると、私は痛い程存じておりますから」
 俯きながらも、きっぱりと言葉をぶつける。
 甘い言葉なら、尚更信じるに値しない。いつかは手の平を返す時が来る、罵倒する日々が来る。私はそれを痛い程に知っている、分かっている。だからもう二度と騙されない。
「随分頑なに申すものだな」
 悲しげな声が上から降ってくるが、私は泰然としながら「まことの事を申し上げているだけにございまする」と答えた。
「そうも頑なな理由は、主が先程から隠している左側にあるのか?」
 唐突に左側を覆っている様に下げられている、長い前髪に細い指先が絡まれた感触がし、私は厚い胸板をドンと力強く押して「お止め下さいませ」と底冷えした声で強く拒絶した。
「女子の、いいえ化け物の髪を触るなぞ。あり得ませぬ」
 俯きながらも、静かな怒りに震えながらしかと告げると。「失礼した」と素直に謝られてしまう。
 私はそれに呆気にとられてしまい、おずおずと顔を上げて、目の前の彼を見た。
 見上げた先の彼は「確かに女子の髪を勝手に触るのは、実に無礼であるな。すべきではなかった」と、うんうんと強く頷きながら反省している。
 すると突然見上げた私の視線と、バチリと目が合ってしまった。慌てて俯こうとするが、不思議と吸い込まれる様に、黒曜石よりも美しい瞳に釘付けになってしまう。
「我の非礼を詫びる。許してくれまいか?」
 眉根をキュッと寄せながら、上目遣い気味に訴えられ、私は些か唖然としてしまう。
 殿方がすぐに謝るなんて、私の様な者に許してくれと乞うなんて。どうかしているとしか思えない。
 彼をマジマジと見ながら慄然としていると、目の前の彼はずいと一歩踏み出し、距離を縮めて「頼む、許してくれまいか?」と、更に弱々しい表情で言葉を重ねてくる。
 私は慌てて俯き「ゆ、許しますから」とビシッと顔の前で手をかざしながら告げ、相手との壁を急いで作った。
 私がそうした瞬間、相手から「そうか」と朗らかな言葉が零れる。許しが貰えて心から喜ぶ様な、ホッと安堵した様な声。