ふうと息を短く吐いてから、吹き口に息を送り込み、笛の穴を押さえ、美しい音を響かせる。フクロウや秋の虫の声とはまた違った美しい音が、自然だけの世界に広がった。
 縛りが何もなくなり、伸び伸びとした空間は久方ぶり。笛もそれを分かっているからか、いつもより響きが良い。どこか溌剌としていて、伸び伸びと空気の中を駆けている。
 やっぱり気持ち良いわよね、こんなに伸び伸びと吹くって。
 私は目を閉じ、自然の全てを感じながら笛を吹いた。
 静かで美しい調べだけれど、何かに解放されたような喜びを纏っている音が広がる。その音に加わる様に、さわさわと柔らかな風が木々を揺らし、フクロウがほーうとのどやかに鳴いた。秋の虫達も個性豊かな音色を乗せてくれる。
 やっぱり素敵、誰の目も気にせず吹くって。忘れていたわ、この素敵な喜びを。
 指も滑らかに動き、曲も一番の盛り上がりを見せる。森に、天に、その喜びを広々と届けていく。
 そして軽やかに終わりに向かっていった。ぴいーっと美しく伸ばし、森に広がった余韻に耳をすませてから、ゆっくりと笛から口を離した。
 するとそれと同時に、パンパンッと軽やかな拍手が送られる。私はその音にハッと我に帰り、彼の方を見ると。彼は端正な顔を綻ばせながら「見事、実に見事だったぞ」と言った。
「お主の心が乗っていて、とても良かったな。曲は嫋やかだが、溌剌とした喜びを感じたの。それだが曲調を壊さずにいて、笛の音を七色に変化させる。やはり素晴らしい腕前」
 満足げに言われ、私は「かたじけのうございます」と少し恥じ入りながら答えた。
「主の笛の音は、まるで主の心の声の様だなぁ」
 サラリと破顔されながら言われた言葉に、私は「え?」と言葉を零してしまう。ある記憶が刺激され、その言葉が頭の中で強く現れた。
「貴方の笛の音は、貴方の心であり、貴方の言葉だと思っているのね」
 涙を堪えながら柔らかく告げる、最期の母さんの言葉。
 今まで、私の腕前を褒めてくれる人は居ても。笛の音がまるで私の声みたいだと言う人は、母さんしか居なかったのに。
 さらりと言われた言葉に呆気にとられてしまうけれど、朗らかに「だからだな」と言葉を続けられる。
「我が主の音に惚れ込むのは。音色が美しいばかりか、素直な真心を感じる」
 喜色を浮かべながら言うと、彼はストンと大岩から降り立ち、私の前に立った。