まことか、嘘か。よく分からない声音で告げられるが。私は目を白黒させたまま、その端麗な顔を凝視するしか出来なかった。
 そして彼は腕の中に私を収めたまま、部屋の障子を開け、そこから軽やかに跳ねる。唐突に眼前に空が広がり、下から横から、至る所からの風を感じた。
「ひゃぁっ!」
 突然の事に驚き、ガシッと首を締め付ける様にしてしがみつき、喉から情けない悲鳴が飛び出す。
「主に禁じられている事があっても、我は人間の言い分を守る道理がない存在。故に、主の禁止事項とやらを守る必要も無いからな。我の元に来てもらうぞ」
 大きな居待月を背景に、にこやかに告げられる言葉。白く美しく光る月光に照らされる笑みに、なぜだか胸がドキリと高鳴った。
 きっと・・気のせい。この胸の高鳴りも、私の心臓が早鐘を打っている事も。
 私はキュッと唇を真一文字に結んでから、ふいと顔を俯けた。
 そうして連れ去られた所は、奥州地方を脈々と連なっている山の一つ。恐らく、蔵王山の山奥だ。
 人間の手元を離れ、自然の力だけで形成されている。どこにも人工的な物はなくて、あるがままの美しさ。人間の手が加えられずとも、自分達で美しく生きていけると雄弁に語っている様にも見えた。そして空らかの贈り物も、げに素晴らしいものだった。葉の間からすり抜ける月光が、森の緑を艶やかにし、耽美さを演出させている。
 山奥がこんなに美しいなんて、知らなかったわ。山奥には、危険だけがあるものとばかりに思っていたけれど。言葉にならない程、美しいものなのね。
「どうだ、美しかろう?我も偶々ここを訪れたのだが。あまりに美しく、気に入ってしもうてな。爾来ここを住処にしているのだ」
 ストンと降ろされ、朗らかに告げられる言葉に「そうなのですか」と森に魅入られながら相づちを打った。
 すると彼は丁度月光が差し込む、大岩に座り「では吹いてみてくれ」と喜色を浮かべながら催促する。
「なんでも良いぞ、曲目は主に任せる。ここなれば主を縛る物はないであろうし、伸び伸びと吹けば良い」
「は。はぁ」
 私は困惑の色を浮かべながらも、口元に笛の吹き口を添えた。
 ここまで来てしまったのだし、吹くしかないわ。何が良いかしら、この森に相応しい様な曲が良いわよね。