ドサッと畳の上に倒れ込みそうになったが、その前にポスッと私は堅い何かにぶつかった。ドクドクと優しげな心音を発する、逞しい何か。それに私の視界は、黒地の中に金色の美しい花の刺繍が入った衣が広がっている。
 まさかと思い、少し顔を上げると、柔らかな微笑みを称えた顔が眼前に広がっていた。
「存外、主に禁じられている事が多くてな。面倒だった故、強硬手段に移らせてもらうぞ」
「え?」
 目をぱちくりとさせると。私の体はふわっと浮き上がり、あっという間に逞しい腕の中に収まってしまった。
「!?おおおおお、お止め下さいませ!」
 突然の事に慌てふためきながら訴え、ジタバタと腕の中で力いっぱい暴れるけれど。その人にとっては痛くも痒くも無い様で、しっかりと私を捕らえたまま、呵々としている。
「汚らしい身ですし、醜いですし、私はここから出られぬのです!降ろして下さいませ!」
「では、行くとしようか」
 飄々と言葉をかけられるけれど、私の言葉がちっとも耳に入っていない物言いだ。
「いい加減、お聞き入れ下さいませ!私は」
「汚らしく、醜い者だからか?我はそうは思わんぞ」
 言葉を遮られ、にこやかに告げられるが。私はそれに、何を言っているんだとばかりに噛みつく。
「諫言を申している場合ではございませぬ!自他共に認める事にございますから!」
 良いから、降ろして下さいませ!と、力の限り暴れるが。やはりびくともせず、その人は私を抱えながら颯爽と歩き出した。
「いい加減、お聞き入れ下さいませ!」
 声を張り上げて噛みつくと、「何故?」とフッと微笑を浮かべながら答えられる。私はその言葉に「何故って」と憤慨するが。
「我は、倭国の言葉で言う妖怪なる存在に近いのだぞ。故に、人間の言葉を聞き入れる道理はなかろう?」
 蠱惑的な笑みと声で告げられ、唖然としてしまった。力の限り暴れていたはずだが、その力がピタリと止まり、急激に大人しくなる。
 よ、妖怪?この方は、妖怪なの?で、でも確かに・・そう言われてみると。どこはかとなく、蠱惑的な雰囲気があるし。人間離れした顔立ちにも納得してしまうわ。
 目を白黒させながら、目の前の端正な顔を凝視すると。「随分大人しくなったな」と、カラカラと笑われる。
「案ずるでないぞ?もう一度言うが、主を食いやしないからな」