「ここから・・・出る?」
 何を恐ろしい事を言っているのかしらと、怯えながらポツリと呟く。けれど、怯える私とは対照的に、目の前の彼は「左様だ」と朗らかに言った。
「その様な所では主の姿も見え辛い。何より、そこよりも音の響きも良くなるぞ。出て参るが良い」
 ほれと言う声が聞こえ、少し顔を上げると。顔の近くには、陶器の様に美しい手が差し伸べられていた。
 私はその手を見てから、すぐに俯き「いいえ」と答える。
「大っぴらに笛を吹くのは禁止されておりまするし、私の笛はそんな大層な物ではありませぬ。どうかもう、お帰り下さいませ」
 震えながらも、しかと告げると。目の前から「ほう?」と不機嫌が差し込まれた様な声が聞こえた。私はその声に、ヒッと身をこれでもかと言う程縮ませるが。
「他の場所で吹く事を禁じられておるか?」
 あまりにも優しい声音で尋ねられた。予想もしていなかった優しい問いかけに、私は驚いてしまい、目をパチパチと瞬かせる。
 そしてしばらくの間を置いてから、「そう言う訳では」と消え入りそうな声で答えた。蚊の鳴くような声で、聞こえていないかと思ったが。彼はすぐに聞き取ったみたいで、満足げに「そうか」と言った。
「では、尚更そこから出て参れ。我の元で吹くが良い、そこなら伸びやかに吹けるぞ。ほれ、我の手を取るが良い」
 再び美しい手を差し伸べられる気配がするけれど、私は「いけませぬ」と首を振り、頑とした態度を見せる。
「私はここから出る事を禁じられております。お願いですから、もうこの醜い化け物にお構いなさらないで。お帰り下さいませっ」
 震えながらも強く拒絶し、差し伸べられた手をはねつける様にして、押し入れの扉を急いで閉める。
 だが、ガタッと押し入れの扉が不自然に途中で止まった。懸命に閉じようとするけれど、半分の所で開いたまま、びくともしない。
 どうして?何故閉まらないの?
 目の前の状況に理解出来ず、慌てふためいた刹那。
 突然、シャッと押し入れの扉が全て開いてしまった。あっという間の出来事に「えっ」と声を零してしまうが。それとほぼ同時に、私の手首にガシリと強い手が巻き付き、凄まじく強い力に引っ張られた。私の体が簡単につんのめり、すぽーんと飛び出す様に押し入れの中から飛び出してしまう。