「下賤で醜い者が拙者の名を呼ぶなぞ、あり得ぬ事よ!二度と名を呼ぶでない!そしてお前の様な者が、拙者の妻達を侮辱するな!二度と部屋から出るでないぞ!金輪際会わぬし、金輪際拙者の目の前に現れるでない!分かったな!さっさと行け、化け物め!」
 罵声を浴びせると、荒々しく音を立てさせながら障子を閉め、小十郎様は怒り心頭のまま戻ってしまわれた。
 何が起きたのか、あまりにも信じられなくて。私は閉ざされた障子の目の前で、ただ呆然としてしまう。
 その時。頭の中では、浴びせられた罵倒が反芻し始めていた。そしてそれと同じくらいに、今まで小十郎様からかけられた愛の言葉が繰り返されている。
「小十郎と呼ぶが良い」「名を呼ぶな!」「お前はめんこいのぉ」「醜い化け物じゃ!」「お前は一番の妻じゃよ」「拙者の女でもない!」「一生愛すると誓おう」「金輪際会わぬ!」
 真反対の言葉が、それぞれ交互に繰り返される。もはや笑ってしまう程の、手の平の返し具合。
 憤りを覚えて、憤慨しても良いはずなのに。
 不思議と、私からこみ上げてくる物は・・・深い悲しみ。
 右目の視界が歪んでくるが。闇に閉じ込められた左目からも、ずきずきと痛みを伴いながらじわじわと歪み始める。
 私の顔が醜くなったが為に、愛を注がれなくなった。昨日までは愛情を注がれていたと言うのに。二度と愛情を注がれず、罵倒される事となってしまった。
 小十郎様は、美しい顔だけを必要としていて、顔だけを愛していたのね。私と言う人格はいらなかったのね。醜くない、美しい顔立ちがあれば、誰でも良かったのね。私と言う人格は、小十郎様にとっては不要だったのね。
 こみ上げる悲しさの中に、大きく生まれる虚しさ。
 自分の価値は顔だけだったと、此度で痛感してしまった。自分という存在は、ここには取るに足らぬ存在で、別にいなくても良かったのだと。
 ううっと嗚咽が漏れ始め、ぐすぐすと涙を零す度に、痛みを強く感じ始める。左目から、左頬から・・・そして右頬から。
 悔しさや憤りは、全く湧き上がってこなかった。
 不思議と、ただただ辛くて、悲しくて、虚しかった。
「早く戻らないか」
 フッと勝ち誇った笑みを零されながら告げられるけれど、私の耳には全く入ってこない。嗚咽を漏らしながら、その場で固まっていると。私は二人の男に脇を挟まれ、無理やり歩かされた。