これはあまりにも狡猾すぎる、非道な罠だわ。でも、待って。小十郎様に直接訴えれば、なんとか伊予姫様の疑いも晴れるはずよ。小十郎様は、きっと私の言葉に耳を傾けてくれるはず。今はこの方達よりも、私が寵愛を得ているのだから。きっと聞き届けてくれるに違いないわ。
 ギリッと歯がみし「小十郎様に訴えますから」と呟くと、目の前から高らかな笑いが上がった。
「やだわぁ、そんな醜い顔でお目通りするつもりなのぉ?」
「信じられないわ。なんて傲慢な子なのかしら」
 クスクスと嘲笑しながら告げられるけれど。怒りに支配され、感情が荒ぶりすぎていたせいで、そんな嘲笑は耳に全く入らなかった。
 ふん、幾らでも言っていれば良いわ。小十郎様に訴えたら、そんな風に笑えなくなるのだから。
 怒りに染まった内心で罵りながら、私はよろよろと立ち上がった。
 そしてドンと二人の間を押しのける様に肩をいからせながら部屋を出て、小十郎様のお部屋に向かって行く。左目が見えず、うまく遠近が取れない状態でも、私はよたよたと歩き続けた。
 歩くなんて、単純で当たり前の動作のはずなのに。異常な苦労がかかり、ひどく億劫に思い、歩みを止めそうになってしまう。けれど絶対に訴えてやると言う強い想いが、重たい足を前へ前へと進ませていた。
 その道中、すれ違う人々は皆私の顔を見ると「ヒッ」と息を飲んだ。そして何か悪い物でも見た様に顔を引きつらせ、私の横をそそくさと足早に通り過ぎていく。
 皆の視線が痛いほど左側に突き刺さっているのを、確かに感じていたけれど。私はそんな事を気にも止めなかった。一切を無視し「小十郎様のお部屋に行き、訴える」と言う事を果たさんが為に歩き続けている。
 そうしてやっとの思いで、小十郎様の元に着くが。近習の人に「入るな」と荒々しく告げられ、先に入る事を防がれてしまった。いつもはすんなりと入れてもらえると言うのに。
「小十郎様にお伝えしなければならぬ事があるのです!小十郎様!どうかお聞き入れ下さいませ!」
 私はその近習を押しのける様に声高に叫び、障子の向こう側に居るであろう小十郎様に訴えた。
「控えろ!若様はお前には会わぬ!」