「暑さ故の事でしたので、安静になさる様に申しつけられておいででしたよ」
 冷淡に告げられた真実に、私の明るくなりかけた顔がスッと元に戻った。
 何事も無くて喜ばしいのに、どこか残念・・・って、私は何を思っているの。こんな事を思っちゃいけないわ。大事なくて良かったと思わないと。
 私は慌てて、強張っていた顔に笑みを貼り付けて「そうだったのですね」と答え、自分の中に生まれた落胆を外に弾き出した。
「伊予姫姉様に、私からの感謝をよく伝えて下さりますか」
 破顔しながら頼み込むと、冷淡に「はい」と答えられる。
 そしておはるさんは「それでは失礼致します」と素早く立ち上がり、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
 私はその後ろ姿を見送ってから、手に収まっているおしろいが入った小物入れに目を落とした。綺麗な赤色の会津塗。艶々として、美しい紅葉が彫られている。
 げに優しき方だわ、伊予姫姉様は。私の様な卑しい出の人間を慮ってくれて、姉妹の様に接して下さる。本来なれば、私と伊予姫様には大きな隔たりがあって然るべきなのに。
 こんなにも優しい、武家のご息女様はいらっしゃらないわ。伊予姫姉様は、この日の本一優しいお方ね。
 私はおしろいの入った小鉢に、フフッと笑みを零してから、早速使ってみようと鏡台の前に進んで行く。
 ぺらりと鏡にかけていた布を捲ってから、鏡の前にストンと座る。頂いた小物入れを置き、カチャッと金属音を立てさせて開くと。もう一度見ても、やはり美しい白浜が広がっている様だ。
 私は筆でおしろい粉を軽くかき回して、筆先におしろいを乗せていく。
 そしておしろいがたっぷり付いた筆を顔の前に持ち上げ、鏡の中の自分を見つめながら、左側から塗り込んでいく。
 だが、おしろいの乗った筆先が、左頬をなぞった瞬間。ヒリヒリッと、訳も分からずに頬が痛んだ。いつものおしろいでは感じる事のない、ひりつきや痒みを感じたけれど。これはそう言う物なのかもと思い、気にせずに、次々と塗り込んでいく。
 そうして左目付近も塗っていき、目を瞬かせて鏡を見ようとすると。ほろほろと睫から零れ落ちた粉が、目の中に多くパラパラと入り込んでしまった。あっと思い、ごしごしと擦ってしまった刹那。
「ああああああああああああああああっ」