名前は確か、おはるさん、だったかしら。近頃、伊予姫姉様に仕え始めたって言う人よね。なんだか申し訳ないけれど、彼女は少し薄気味悪く見えるわ。痩せ過ぎているせいかしら?それとも切れ長で吊り上がった様な目つきのせいで、そう感じるのかしら。
 心の中でそんな事を思いながらも、私はそれらをおくびにも出さず「どうかしましたか」と尋ねる。
「お休みの所、申し訳ありません。伊予姫様から、りん姫様へお届けする様に申しつけられた物を届けに参りました」
「伊予姫姉様から?」
 私がパチリと目を瞬かせると、おはるさんは「はい」と私の前に膝を突き、美しい会津塗が施された、小物入れを差し出した。
 それを受け取り、蓋をパカッと開けてみると。そこには大量のおしろいが入っていた。
「伊予姫様は、こう仰っておりました。りん姫様によくお似合いのおしろいだと。それ故に、すぐに差し上げる様私に申しつけられたのです」
「まぁ、そうだったの」
「はい。ぜひ今すぐお使い下さいませ。早く使っている姿を見たい。私だけではなく、若様もお喜びになるはずだから、と伊予姫様は申しておりました」
 伊予姫姉様の優しい心遣いに、顔が綻ぶけれど。私は蓋を閉じてから「でも」と言葉をかける。
「いつもはいらして下さるのに、本日はどうしたのかしら。まさか伊予姫姉様。お体の具合がよろしくないのですか?」
「ああ。それはこの暑さにございますからね。伊予姫様も滅入ってしまい、お休みなさっている所にございますよ」
 蕩々と語られた言葉に、私は「そうだったの」と納得した。それと同時に、やはりこの暑さには皆滅入ってしまうのねと、自分だけではなかったとホッとする様な気持ちになる。
「お礼も兼ねて、今からそちらに伺うわ」
 私が立ち上がろうとすると、おはるさんは「いいえ」と制止した。
「あまり具合がよろしくなく、本日は誰にも会わぬと仰せでした」
 まぁ。そんなに体調が芳しくないなんて、心配だわ。伊予姫姉様が体調をお崩しになる事なんて、あまりないのに・・・。
 眉根を寄せて、うーんと考え出した瞬間。頭の中で雷が弾け、ハッとする。
 そうよ!もしかして伊予姫姉様、ご懐妊なさったのでは?!
 私は慌てて「く、薬師には診てもらっていましたか?」と尋ねると、「はい」としっかりと答えられた。その芯のある答えに、私の顔は明るくなりかけるが。