ストンと私の手の中に櫛が収まると、嬉しさがこみ上げ、まじまじと頂いた櫛を見つめてしまう。折られた物よりも遙かに上質で、とても美しい櫛だった。
 伊予姫姉様が大切に使っていたのが、よく分かるわ。そんなにも大切にしていた櫛を、こんなにも美しく、良き櫛を。躊躇いもなく、私にくださるなんて。
 奥歯で喜びと嬉しさを噛みしめながら、目を細めて「かたじけのうございます」と、もう一度伊予姫様に告げる。それに伊予姫様は、艶然としながら「良いのよ」と優しく言葉を返してくれた。
 それから伊予姫様は、無残な形になった小袖を手にし、まじまじと見てから、私に視線を戻す。黒曜石の様に美しい双眸が私を映すと。伊予姫様はその目を細め、顔を優しく綻ばせた。
「前の頃よりも上達致しましたね、りん姫。ここの縫い返し、げに見事ですよ」
「まことでございますか?!」
 嬉しい褒め言葉をかけられ、私は喜色を浮かべながら噛みつく様に尋ねる。伊予姫様は、そんな私に苦笑を浮かべてから「ええ」と答えた。
「日々励んでいると言うのが、よう伝わります。故に、これを捨てるのは勿体なき事。これでは小袖としては使えませぬが、使える部分だけを切り取れば巾着の一つや二つが出来ましょう。どうですか、りん姫。共にこれで巾着袋を作りませぬか?」
 これはもう使えない、捨てるしか道はないと思っていたのに。巾着袋を作る事が出来るなんて、それも伊予姫姉様と共に。
 伊予姫様の朗らかな提案に、ぶわっと喜びと嬉しさが駆け巡る。褒めてもらえたばかりか、共にお裁縫が出来る事態になったのだから。こんな事をしでかしてくれた東姫様達には、感謝の念が湧き上がってきそうになる。
 私は喜色を浮かべながら「ぜひ!」と、元気よく答えた。
 そして押し入れから裁縫箱を取り出し、伊予姫様の指導の下、布を裁ち、巾着袋の制作にとりかかる。
 伊予姫様の腕前は、本当に感服するばかり。さくさくと素早い手つきなのに、その縫い目はビシッとまっすぐに綺麗で、誰が見ても惚れ惚れとする美しさだ。その手つきから生み出される巾着袋が、舌を巻く程の綺麗さ且つ美しさを放っていると言う事なぞ、言うまでもないだろう。
 それに対し、私の物はガタガタの縫い目で、誰が見ても拙いと言う巾着袋が完成してしまう。伊予姫様の物と比べると、同じ布・同じ形・同じ糸で縫ったと言うのに、全く別物の様だ。