部屋に気味が悪い虫を放たれる事もしょっちゅうだし、「貧しい身にこんなの似合わない」と、小十郎様から賜った小袖や打掛を切られたり、汚されたり、盗られたりするのも日常茶飯事。好きな笛を吹くだけでも「武家の嫁らしくない」「うるさいわぁ」「小汚い音を私に聞かせないで」と嫌みを延々と言われる。
 嫁いでからと言うもの、酷薄な虐めが無い日はない。
 けれど私はめげずに、毅然としていた。無論、何度も心が折れそうになったけれど。その度に笛を吹いたり、善次郎の言葉を繰り返したりして、心を強めていた。
 その態度も気に食わず、彼女達が憤懣としていた事も多かったけれど。彼女達の神経を一番逆なでしている事は、私が毅然としている事ではない。
 彼女達が何より気に食わない事は、卑しい出自である私が寵愛を受け、その寵愛が続いている事だ。
 新しく入ってきたと言うのもあるけれど。年の頃が同じで、容姿も悪くないと小十郎様に気に入られ、今では私が一番の寵愛を受けている。
 確かに愛情を向けられるのは、幸せな事だけれど。その幸せはあまりにも薄っぺらい。
 きっと私が感じている愛は本物でもなく、本当の幸せとは呼べないと思う。
 寵愛を得ると、陥れようとする者達がすぐ側に居る。そして愛すべき夫は、自分を癒すだけの物としか見ていないもの。
 私はここで、本物の幸せを手にする事が出来る日が来るのかしら・・。