「りん、泣かないで。約束して?ね、母さんは貴方の笛が大好きだから。吹いてくれるって約束してちょうだい」
「するよ。約束する。でも母さん。お願い、居なくなってもとか言わないで。これからもずっと、りんの側で聞いていて。そう言って、ずっと居るって言って」
 ガバッと勢いよく、母さんの胸元にすがる様にしがみつくと。後頭部に優しく手が乗り、いつもの様に頭を撫でてくれる。けれどその手はいつもと違い、時間をかけて上から下に、上から下にと顫動しながら動いていた。
「母さんはね。貴方の笛の音は、貴方の心であり、貴方の言葉だと思っているの。だから母さんがお空に行っても、りんが笛を吹いていれば会話出来るわ。それ程までに、貴方の笛には力があるのよ。届ける力が、訴える力があるの」
「でも母さん」
 りんには母さんの声が聞こえなくなるんじゃないの、と訴えようとすると。心の内を見透かされたのか、先に「大丈夫よぉ」と朗らかに告げられ、私の口が閉ざされる。
「届かない声なんてないわ。きっと聞こえるわよ」
 自信ありげに告げる母さんの顔をゆっくりと見ると。母さんの顔は優しく綻んでいて、「大丈夫よ」と力強く訴えられる。
 そして母さんは、その笑みのまま「約束してね」と朗らかに付け足した。
 その時。母さんの目の端から、ポロッと一筋。涙が滴り落ちていた。
・・・
 ふうと息を吐き出してから、そっと吹き口に唇を当てる。そして少しだけ開かれた唇の間から息を注ぎ込むと、ピィィと笛の美しい音が響いた。
 そよそよと穏やかな風に乗り、遠くまで響く柔らかな音に耳を澄ませてから、私は笛の上で指を柔らに滑らせる。
 私の指の動き通りに、笛から次々と甲高くも美しい音が発せられていく。そよそよと吹く風によって、笛の音は遠くまで広がる。美しく澄んだ陸奥の空気にピッタリと寄り添う様に。
 この陸奥は、全てが美しいわ。大地は肥え、天は私達を優しく包み込む様に温かい。青々と生い茂る森も、共存する様に豊かに暮らす動物達も。
 平和に身を置き、その穏やかさをしみじみと感じながら、笛の上の指を更に機敏に動かした。指の動きに従い、笛は忙しなく音を発するが。一音一音混じらせずに、美しく鳴り響く。
 曲の山場を迎え、笛の音が滑らかに且つ空気を震撼させる様に広がった刹那。
「りんは、相変わらず笛が上手いなぁ」