凪姫様が扇で口元を隠しながら冷酷に告げると、「そうよぉ」と直ぐさま東姫様が乗っかった。
「若様からのご寵愛を受けよう、子を授かろうなんて思う事ない様になさいねぇ。ただの卑しい村娘が図に乗らないのよぉ」
 東姫様と凪姫様はクスクスと冷笑を浮かべながら、互いに視線を送り合う。その目の会話は、私を嘲り、罵っているのだとすぐに分かった。
 やはり私は、完璧に歓迎されていないわね。藤の方様も、東姫様達を窘める事もせずに静観していらっしゃるばかりだもの。
 私は唇を噛みしめて、ギュッと膝の上で拳を堅く作る。
 ここの、どこがこの上ない幸せを手にできる場所なの?栄華や名誉はあっても、ここに幸せなんか一つもないのではなくて?こんな冷たい場所に居たくないわ。
 でも私には、ここから逃げ出すなんて出来ないのよね。私には、この居心地悪い所に居続けるしか、道がないのよね。
 熱い物が、目からじわじわとこみ上げ、喉にもチクチクと刺激するが。私はグッと奥歯を噛みしめ、その熱さを飲み込んだ。
 貴方はこんな冷やかしで、すぐに白旗をあげて良いの?嘆き悲しむだけで良いの?
 いいえ。そんな事をすれば、幸せになれと笑顔で送り出してくれた善次郎に悪いでしょう。善次郎の手を取らずに決めた道なのだから、この道を幸せに歩いて行かなきゃいけない義務があるのよ。
 だから泣くのではなく、戦わなければいけないの。善次郎の手を取らず、村娘の「りん」である事を辞めたのだったら。武士のご息女らしく、毅然と立ち向かい、立派に戦わないといけないのよ。
 私はキュッと唇を真一文字に結び直してから東姫様、凪姫様、伊予姫様、最後に藤の方様を見据えてから深々と叩頭した。
「卑しい身でありながらも、若様に見初められた事を光栄に思い、若様のご期待に添える様に、ご寵愛を得られる様に武家の子女らしく励んで参りまする」
 思い切って、精一杯の啖呵をきった。これが自分の精一杯だ。
 勿論、段々と部屋の空気が冷たく重々しい物に変わった事は肌で感じ取った。
 けれどその圧に、私は負けなかった。
 そして恐る恐る顔を上げてみると。そこには、冷ややかな目をした藤の方様と、「生意気ね、信じられないわ」と憤慨している東姫様と凪姫様、やや感嘆の色を見せている伊予姫様がいらっしゃった。