まごつきながら口を開くと、「俺じゃ無理だった」と言葉をばっさりと遮られた。
「俺に嫁ぐ前で良かった。俺だったら、りんを幸せに出来なかっただろうから」
 苦しげに吐き出される言葉に、私の視界はじわりと歪み出す。
「そ、そんな事」
 ないわよと反駁しようとした瞬間に、「りん」と弱々しくも力強く名前を呼ばれ、またも言葉を封じられてしまうが。私はその声にハッとした。
「大名である伊達家と、こんな小さな村に根付く貧しい家とじゃ、どっちが幸せなんて赤子でも分かるぞ。伊達家なら手に入れられない物は無い、幸せも名誉も全て手に入れられる。だから俺なんかと結婚する前で良かったよ。だからさ、りん」
 言葉を区切ると、善次郎はゆっくりと手を伸ばして、ポンッと私の頭に置く。そしてゆっくりと頭を撫でてくれた。
 私が泣いている時や、元気がない時。いつも善次郎がやってくれる事だ。大きく温かい手で、優しく頭を撫でてくれる。そして私を宥め、励ます様に沢山言葉をかけてくれる。
 けれど、今日はいつもとは違った。ただ頭を優しく撫でるだけ。私を宥める様に、自分に言い聞かせる様に。そしてこれが「最後だ」と言う様に。
 言葉はいらなかった、その手で全てが分かったから。
 私は奥歯を噛みしめながらコクコクと頷き、その手の優しさに甘んじた。目の縁でぷるぷると震える涙を押し殺して。
 だって、今ここで涙を流すべきなのは、私ではないから。
 あの時、ごちゃごちゃと考えないで「はい」と答えていたら良かった。そしたら善次郎にこんな辛い思いをさせなかったのに。きっとその先が伊達家に嫁ぐよりも、幸せだっただろうに。けれどもう引き返せない道を、互いに交わる事がない道を歩むしかないのよね。
 善次郎。貴方のお嫁さんは、きっと奥州一の幸せ者になるわよ。貴方と居ると笑顔になれて、貴方と居ると良い思い出を作れるから。
 ありがとう、私の全てを褒めてくれて。私を好きって言ってくれて。私に結婚を堂々と申し込んでくれて。嬉しかった、嬉しかったわ。ありがとう、善次郎。そしてごめんなさい。本当にごめんなさい。
 スッと離れて行く手を引き留める事もなく、じゃあなと弱々しく微笑まれ、去っていく背中を見送ってから。私は堪えていた嗚咽を漏らし、その場で静かにしゃがみ込み、堰き止めていた涙を流した。
 そして翌日。私は村を出て、伊達家に輿入れをした。