鮮明に思い出せる、かすみとの幸せの日々。
 我慢しろ、と突き放したあの日からも、俺たちは同じ気持ちで一緒に前に進んでいたはず…。
 本当に?
 あの日のかすみを思い出せないのに?
 俺たちは…、いや、俺は、もしかしてものすごい思い違いをしてるんじゃないだろうか。
 かすみの抗議を受けてからも、時間配分を改めることはせずに友達との時間を優先していた。
 何も言わなくなったかすみを、俺は物分かりの良い優しい彼女で良かったと思ったのだけは、覚えている。
 かすみの気持ちなんか、気にもしていなかった。
 かすみとは家が隣で、会おうと思えばいつでも会えたから。
 徒歩3秒のところに居るから夕食の後や休日の朝、友達と遊んで帰ってきた後にだって会えるんだからなにもわざわざかすみを優先するまでもないんだ。

 ふと、今日の学校でのやり取りを思い出す。

『榎本~、今日旦那借りるけど、良いだろ?』
『あ、うん、楽しんできなよ。皆で遊べるのもあと少しだろうし』

 樹がかすみに許可取りをするのはもはや習慣化し、それに対して笑顔で良いよ、行ってきなよ、というかすみもまた「お決まり」だ。
 だから俺は、特段気に留めるわけでもなく、快く送り出してくれるかすみを有難く思っていたけれど、今日は違った。
 ここ最近、俺が感じていた「違和感」。
 いつもとどこかが違う。
 どこが、と言われてもうまく言えないんだけど、笑ってるのに、目の奥には不安が見て取れた。
 大学受験の合否待ちという、一番不安なタイミングでもあるから、不安になるのも当たり前だろうと思いながらも、俺はかすみと話す機会を見計らいつつ今日まできてしまったのだ。
 結果として、俺のそれは的中するわけだけれど。
 一体、かすみは何を隠しているのか。
 いくら考えたって、わかるはずもなく。

「あーもう、わけわかんねぇ」

 独りごちて、俺はそのままベッドの上で目を閉じる。さっきのかすみの泣き顔がまぶたの裏に浮かんだ。